大和俗訓 / 巻之一・為学上
一書をよむには、まづ四書五經などを熟讀し、文字を多くおぼえて、訓詁に通ずべし。訓詁とは字義をいふ。文字訓詁を知らざれば、書を見わけがたく、力なくして書を讀むにはか行かず。文學のすゝまざるは、字を知らざればなり。されども文字訓詁にかかはり止まりて、義理を自得せざるは、君子の學にあらず。
新字:一書をよむには、まづ四書五経などを熟読し、文字を多くおぼえて、訓詁に通ずべし。訓詁とは字義をいふ。文字訓詁を知らざれば、書を見わけがたく、力なくして書を読むにはか行かず。文学のすゝまざるは、字を知らざればなり。されども文字訓詁にかかはり止まりて、義理を自得せざるは、君子の学にあらず。
書き下し
一書をよむには、まづ四書五経などを熟読し、文字を多くおぼえて、訓詁に通ずべし。訓詁とは字義をいふ。文字訓詁を知らざれば、書を見わけがたく、力なくして書を読むにはか行かず。文学のすすまざるは、字を知らざればなり。されども文字訓詁にかかはり止まりて、義理を自得せざるは、君子の学にあらず。
現代語訳
一、書を読むには、まず四書五経などを熟読し、文字を多く覚えて訓詁に通じるべきです。訓詁とは字の意味をいいます。文字の訓詁を知らなければ書を読み分けにくく、力がなくて書を読むのがはかどりません。文学が進まないのは字を知らないからです。けれども文字の訓詁にこだわってとどまり、義理を自ら得ないのは、君子の学問ではありません。
解説
読書の基礎として文字と字義、つまり訓詁の大切さを説きつつ、そこにとどまってはならないと戒める段です。字を知らなければ本は読めない。しかし字句の解釈だけで満足して中身の道理を自分のものにしなければ、君子の学問ではない。基礎と目的の両方を押さえた、益軒らしい均衡のとれた言い方です。外国語や専門分野の学習でも、単語や用語の暗記は欠かせませんが、それはあくまで意味を理解し使いこなすための道具だと教えてくれます。
この章句が説くこと
訓詁読書文字義理基礎
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