省諐録 / 第35条
詳證術。萬學之基本也。泰西發明此術。兵略亦大進。逈然與往時別。所謂下學而上達也。孫子兵法。度量數稱勝。亦其術也。然漢與我。有孫子以來。莫不誦習而講說。而其兵法依然如舊。不得與泰西比肩。是無他。坐於無下學之功也。今眞欲修飭武備。非先興此學科不可。
新字:詳証術。万学之基本也。泰西発明此術。兵略亦大進。逈然与往時別。所謂下学而上達也。孫子兵法。度量数称勝。亦其術也。然漢与我。有孫子以来。莫不誦習而講説。而其兵法依然如旧。不得与泰西比肩。是無他。坐於無下学之功也。今真欲修飭武備。非先興此学科不可。
書き下し
詳證術は、萬學の基本なり。泰西此の術を發明して、兵略も亦大いに進み、逈然として往時と別なり。所謂下學して上達するなり。孫子の兵法に、度・量・數・稱もて勝つと云ふも、亦其の術なり。然れども漢と我と、孫子有りてより以來、誦習して講說せざる莫けれども、其の兵法依然として舊の如く、泰西と肩を比ぶるを得ず。是れ他無し、下學の功無きに坐するなり。今眞に武備を修飭せんと欲せば、先づ此の學科を興すに非ざれば不可なり。
現代語訳
詳証術は、あらゆる学問の基本です。西洋はこの術を発明し、それによって兵略も大いに進み、昔とははるかに異なるものになりました。いわゆる、身近なことから学んで高いところに到達する、ということです。孫子の兵法が、度・量・数・称によって勝つと言うのも、同じ術のことです。ところが漢と我が国では、孫子が現れて以来、誦習して講説しない者はなかったのに、兵法は依然として昔のままで、西洋と肩を並べることができません。これは他でもなく、基礎を学ぶ努力が欠けていたからです。いま本当に武備を整えようとするなら、まずこの学科を興さなければなりません。
解説
この章句が説くこと
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