大和俗訓 / 巻之一・為学上
一孔子曰、古之學者爲己、今之學者爲人。爲己とは、我が身を修めん爲にする實學なり。爲人とは、人に知られんがためにする名利の學なり。學問の本意は、己が身ををさめんためなれば、人の知と不知とにかゝはらず。たとへば食する者の、我が飢をやめ身を養はんためにするが如し。唯我が腹にみちなん事をのみ思ひて、さらに我が食したるを人に知らせんと願ふ心なし。學問はたゞ我が身ををさめんためにすべし。聊人に知られん爲にすべからず。又聖人の子夏に女爲君子儒、無爲小人儒との給へり。此意は、君子儒は唯一己が身ををさめんために學べり。實學なり。小人儒は、唯人に知らしめんためにまなべり。是名利をねがふ心のみにて、我が身ををさむるに志なし。
新字:一孔子曰、古之学者為己、今之学者為人。為己とは、我が身を修めん為にする実学なり。為人とは、人に知られんがためにする名利の学なり。学問の本意は、己が身ををさめんためなれば、人の知と不知とにかゝはらず。たとへば食する者の、我が飢をやめ身を養はんためにするが如し。唯我が腹にみちなん事をのみ思ひて、さらに我が食したるを人に知らせんと願ふ心なし。学問はたゞ我が身ををさめんためにすべし。聊人に知られん為にすべからず。又聖人の子夏に女為君子儒、無為小人儒との給へり。此意は、君子儒は唯一己が身ををさめんために学べり。実学なり。小人儒は、唯人に知らしめんためにまなべり。是名利をねがふ心のみにて、我が身ををさむるに志なし。
書き下し
一孔子曰く、古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす。為己とは、我が身を修めん為にする実学なり。為人とは、人に知られんがためにする名利の学なり。学問の本意は、己が身ををさめんためなれば、人の知と不知とにかかはらず。たとへば食する者の、我が飢をやめ身を養はんためにするが如し。唯我が腹にみちなん事をのみ思ひて、さらに我が食したるを人に知らせんと願ふ心なし。学問はただ我が身ををさめんためにすべし。聊人に知られん為にすべからず。又聖人の子夏に女君子の儒と為れ、小人の儒と為ること無かれとの給へり。此意は、君子儒は唯一己が身ををさめんために学べり。実学なり。小人儒は、唯人に知らしめんためにまなべり。是名利をねがふ心のみにて、我が身ををさむるに志なし。
現代語訳
一、孔子は「古の学者は己のためにし、今の学者は人のためにする」とおっしゃいました。己のためとは、自分の身を修めるためにする実のある学問です。人のためとは、人に知られるためにする名誉と利益の学問です。学問の本意は自分の身を修めるためなので、人が知るか知らないかには関わりません。たとえば食べる者が、自分の飢えをやめ身を養うために食べるようなものです。ただ自分の腹が満ちることだけを思って、自分が食べたことを人に知らせようと願う心はまったくありません。学問はただ自分の身を修めるためにすべきです。少しでも人に知られるためにしてはなりません。また聖人は子夏に「お前は君子の儒となれ、小人の儒となってはならない」とおっしゃいました。この意味は、君子の儒はただ自分の身を修めるために学ぶということです。実学です。小人の儒はただ人に知らせるために学びます。これは名誉と利益を願う心だけで、自分の身を修めることに志がありません。
解説
この章句が説くこと
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