大和俗訓 / 巻之一・為学上
一審に問ふとは、すでに學べる事の、わが心にうたがはしき事を、明師良友にちかづきて、つまびらかに問うて、其理を明かにし、うたがひを解くべし。一愼んで思ふとは、すでに學び問ひたる事の、うたがはしき事は、心をしづかにし、つつしんで思ひて、よくがてんすべし。まなび問ひても、よくがてんせざれば我が物にならず。故にわが心に道理をもとめて、其理を會得すべし。是よく思案して道理に通ずるなり。愼んで思ふにあらざれば、道理に通じがたし。學問は自得をたふとぶ。自得とは愼んでよく思ひて、心中に道理をがてんして、わが物にし得たるものなり。
新字:一審に問ふとは、すでに学べる事の、わが心にうたがはしき事を、明師良友にちかづきて、つまびらかに問うて、其理を明かにし、うたがひを解くべし。一慎んで思ふとは、すでに学び問ひたる事の、うたがはしき事は、心をしづかにし、つつしんで思ひて、よくがてんすべし。まなび問ひても、よくがてんせざれば我が物にならず。故にわが心に道理をもとめて、其理を会得すべし。是よく思案して道理に通ずるなり。慎んで思ふにあらざれば、道理に通じがたし。学問は自得をたふとぶ。自得とは慎んでよく思ひて、心中に道理をがてんして、わが物にし得たるものなり。
書き下し
一審に問ふとは、すでに学べる事の、わが心にうたがはしき事を、明師良友にちかづきて、つまびらかに問うて、其理を明かにし、うたがひを解くべし。一慎んで思ふとは、すでに学び問ひたる事の、うたがはしき事は、心をしづかにし、つつしんで思ひて、よくがてんすべし。まなび問ひても、よくがてんせざれば我が物にならず。故にわが心に道理をもとめて、其理を会得すべし。是よく思案して道理に通ずるなり。慎んで思ふにあらざれば、道理に通じがたし。学問は自得をたふとぶ。自得とは慎んでよく思ひて、心中に道理をがてんして、わが物にし得たるものなり。
現代語訳
一、審らかに問うとは、すでに学んだことで自分の心に疑わしいことを、優れた師やよい友に近づいて詳しく問い、その理を明らかにし、疑いを解くことです。一、慎んで思うとは、すでに学び問うたことで疑わしいことは、心を静かにし、慎んで考えて、よく納得すべきだということです。学び問うても、よく納得しなければ自分のものになりません。ですから自分の心に道理を求めて、その理を会得すべきです。これがよく思案して道理に通じることです。慎んで思わなければ、道理に通じがたいのです。学問は自得を尊びます。自得とは、慎んでよく考え、心の中で道理を納得して、自分のものにしたことです。
解説
この章句が説くこと
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