導師導古典を学びたいすべての人に

大和俗訓 / 巻之一・為学上

一明かに辨ふとは、すでに愼んで思案して、猶善惡のまぎらはしき事あらば、あきらかに其是非をきはめて、善惡をわかつを云ふ。以上の四は、皆知の工夫にして、道をあきらかにするなり。一篤く行ふとは、すでにまなび問ひ、思ひわきまへて、其道理を知らば、卽吾が身に其知れる道理をあつく行ふべし。行ふ事あつからざれば、道立ちがたし。篤く行ふの道は、言を忠信にしていつはりなく、行をつゝしみてあやまちを少なくす。人の身のわざ多けれど、言と行との二には出でず。故に言をまことにし、行をつゝしめば、身修まる。また心のおこる處の用七あり。七情と云ふ。喜怒哀樂愛惡欲なり。人の身のわざは、此七よりおこる。是をつゝしみて、過不及なくして、道理にかなふべし。

新字:一明かに弁ふとは、すでに慎んで思案して、猶善悪のまぎらはしき事あらば、あきらかに其是非をきはめて、善悪をわかつを云ふ。以上の四は、皆知の工夫にして、道をあきらかにするなり。一篤く行ふとは、すでにまなび問ひ、思ひわきまへて、其道理を知らば、即吾が身に其知れる道理をあつく行ふべし。行ふ事あつからざれば、道立ちがたし。篤く行ふの道は、言を忠信にしていつはりなく、行をつゝしみてあやまちを少なくす。人の身のわざ多けれど、言と行との二には出でず。故に言をまことにし、行をつゝしめば、身修まる。また心のおこる処の用七あり。七情と云ふ。喜怒哀楽愛悪欲なり。人の身のわざは、此七よりおこる。是をつゝしみて、過不及なくして、道理にかなふべし。

書き下し

一明かに弁ふとは、すでに慎んで思案して、猶善悪のまぎらはしき事あらば、あきらかに其是非をきはめて、善悪をわかつを云ふ。以上の四は、皆知の工夫にして、道をあきらかにするなり。一篤く行ふとは、すでにまなび問ひ、思ひわきまへて、其道理を知らば、即吾が身に其知れる道理をあつく行ふべし。行ふ事あつからざれば、道立ちがたし。篤く行ふの道は、言を忠信にしていつはりなく、行をつつしみてあやまちを少なくす。人の身のわざ多けれど、言と行との二には出でず。故に言をまことにし、行をつつしめば、身修まる。また心のおこる処の用七あり。七情と云ふ。喜、怒、哀、楽、愛、悪、欲なり。人の身のわざは、此七よりおこる。是をつつしみて、過不及なくして、道理にかなふべし。

現代語訳

一、明らかに弁えるとは、すでに慎んで思案して、なお善悪の紛らわしいことがあれば、はっきりとその是非を極めて、善悪を分けることをいいます。以上の四つは、みな知の工夫であって、道を明らかにすることです。一、篤く行うとは、すでに学び問い、考え分けて、その道理を知ったなら、すぐに自分の身にその知った道理を手厚く行うべきだということです。行うことが手厚くなければ、道は立ちにくいのです。篤く行う道は、言葉を誠実にして偽りなく、行いを慎んで過ちを少なくすることです。人の身のわざは多いですが、言葉と行いの二つを出ません。ですから言葉を誠にし、行いを慎めば、身が修まります。また心の起こるところのはたらきに七つあります。七情といいます。喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲です。人の身のわざは、この七つから起こります。これを慎んで、過不及なく、道理にかなうべきです。

解説

「明弁」と「篤行」を説く段です。博学から明弁までの四つは知の工夫、篤行だけが行の工夫だと整理しています。篤く行うとは、言葉を誠実にし行いを慎むことで、人のわざは結局この二つに尽きると益軒は言います。さらに行いの源として喜怒哀楽愛悪欲の七情を挙げ、過不及なく道理にかなうように慎めと説きます。七情の語は『礼記』礼運に見えます。言葉と行い、そして感情の起伏に気をつけることは、人間関係を円滑にする基本です。

この章句が説くこと

篤行明弁七情言行慎み

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る