大和俗訓 / 巻之一・為学上
一或人の曰、儒者の學は、唯人道を知らば可ならん。天地の道を知るに及ぶべからず予答へて曰、天地の道は人道の本なり。天地の道を知らざれば、道理のよつて出づる所の根本を知らず。根本を知らざれば、天理の人にそなはり、人の天地にうけたる、天人合一のすぢめを知らずして、人道明ならず。故にまづ日用人倫の道を學んで後、天地の道を學ぶべし。聖人の易を學び給ふも此故ならずや。されども天地の道は、猶容易知りがたし。志を立つる事は、大にして高くすべし。小にしてひきければ、小成に安んじて成就しがたし。天下第一等の人とならんと、平生志すべし。世俗と同じく、賤しくひきくすべからず。かく志をたてゝ、日々月々につとめ行はゞ、久しくして其功つもりて、必人にまさるべし。上をまなべば中にいたり、中を學べば下にいたる。下を學べば功をなさず。又心は小にしてひきくすべし。人にへりくだり、日用常行のひきゝあしもとより行ふべし。心大なれば、おごりてつゝしみなく、細行をつとめず。高ければ、人にたかぶりて謙德を失ふ。
新字:一或人の曰、儒者の学は、唯人道を知らば可ならん。天地の道を知るに及ぶべからず予答へて曰、天地の道は人道の本なり。天地の道を知らざれば、道理のよつて出づる所の根本を知らず。根本を知らざれば、天理の人にそなはり、人の天地にうけたる、天人合一のすぢめを知らずして、人道明ならず。故にまづ日用人倫の道を学んで後、天地の道を学ぶべし。聖人の易を学び給ふも此故ならずや。されども天地の道は、猶容易知りがたし。志を立つる事は、大にして高くすべし。小にしてひきければ、小成に安んじて成就しがたし。天下第一等の人とならんと、平生志すべし。世俗と同じく、賤しくひきくすべからず。かく志をたてゝ、日々月々につとめ行はゞ、久しくして其功つもりて、必人にまさるべし。上をまなべば中にいたり、中を学べば下にいたる。下を学べば功をなさず。又心は小にしてひきくすべし。人にへりくだり、日用常行のひきゝあしもとより行ふべし。心大なれば、おごりてつゝしみなく、細行をつとめず。高ければ、人にたかぶりて謙徳を失ふ。
書き下し
一或人の曰、儒者の学は、唯人道を知らば可ならん。天地の道を知るに及ぶべからず予答へて曰、天地の道は人道の本なり。天地の道を知らざれば、道理のよつて出づる所の根本を知らず。根本を知らざれば、天理の人にそなはり、人の天地にうけたる、天人合一のすぢめを知らずして、人道明ならず。故にまづ日用人倫の道を学んで後、天地の道を学ぶべし。聖人の易を学び給ふも此故ならずや。されども天地の道は、猶容易知りがたし。志を立つる事は、大にして高くすべし。小にしてひきければ、小成に安んじて成就しがたし。天下第一等の人とならんと、平生志すべし。世俗と同じく、賤しくひきくすべからず。かく志をたてて、日々月々につとめ行はば、久しくして其功つもりて、必人にまさるべし。上をまなべば中にいたり、中を学べば下にいたる。下を学べば功をなさず。又心は小にしてひきくすべし。人にへりくだり、日用常行のひききあしもとより行ふべし。心大なれば、おごりてつつしみなく、細行をつとめず。高ければ、人にたかぶりて謙徳を失ふ。
現代語訳
一、ある人が言いました。「儒者の学はただ人の道を知ればよいだろう。天地の道を知るには及ばない」。私は答えて言いました。「天地の道は人の道の本です。天地の道を知らなければ、道理が出てくる根本を知りません。根本を知らなければ、天の理が人に備わり、人が天地から受けている、天と人が一つであるという筋道を知らずに、人の道も明らかになりません。ですからまず日々の人倫の道を学んだ後に、天地の道を学ぶべきです。聖人が易を学ばれたのもこのためではないでしょうか。けれども天地の道は、なお容易には知りがたいのです」。志を立てることは、大きく高くすべきです。小さく低ければ、小さな成功に安んじて成就しがたいのです。天下第一等の人になろうと、平生から志すべきです。世俗と同じように、卑しく低くしてはなりません。このように志を立てて、日々月々に努め行えば、長い間にその功が積もって、必ず人にまさるでしょう。上を学べば中に至り、中を学べば下に至ります。下を学べば成果をあげられません。また心は小さく低くすべきです。人にへりくだり、日々の行いの低い足もとから行うべきです。心が大きければ驕って慎みがなく、細かい行いに努めません。高ければ人に高ぶって謙虚の徳を失います。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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孟子・盡心章句上公孫丑曰く、「伊尹曰く、『予、不順に狎れしめず。』太甲を桐に放ち、民大いに悅ぶ。太甲賢となる。又之を反し、民大いに悅ぶ。賢者の人臣為るや、其の君、賢ならざれば、則ち固より放つ可きか。」孟子曰く、「伊尹の志有れば、則ち可なり。伊尹の志無ければ、則ち篡うなり。」
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史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
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論語・里仁篇子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
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史記 刺客列伝高漸離名姓を変じて人の庸保と為り、宋子に匿れ作す。之を久しくして、作苦しく、其の家の堂上に客の筑を撃つを聞き、傍偟して去る能はず。毎に言を出だして曰く、「彼に善有り善ならざる有り」と。従者以て其の主に告げて曰く、「彼の庸は乃ち音を知り、竊かに是非を言ふ」と。家の丈人召して前に筑を撃たしむ。一坐善しと称し、酒を賜ふ。而して高漸離、久しく隠れて畏約すること窮まる時無きを念ひ、乃ち退きて、其の装匣の中の筑と其の善衣とを出だし、容貌を更めて前む。坐を挙げて客皆驚き、下りて与に抗礼し、以て上客と為す。筑を撃ちて歌はしむ。客流涕して去らざる者無し。宋子伝へて之を客とし、秦の始皇に聞こゆ。秦の始皇召し見る。人識る者有りて、乃ち曰く、「高漸離なり」と。秦の皇帝其の善く筑を撃つを惜しみ、重ねて之を赦し、乃ち其の目を矐す。筑を撃たしむるに、未だ嘗て善しと称せずんばあらず。稍く益々之に近づく。高漸離乃ち鉛を以て筑の中に置き、復た進みて近づくを得、筑を挙げて秦の皇帝を樸つ。中らず。是に於て遂に高漸離を誅し、身を終ふるまで復た諸侯の人に近づかず。魯句践已に荊軻の秦王を刺せしを聞き、私かに曰く、「嗟乎、惜しいかな其の刺剣の術を講ぜざりしや。甚だしいかな吾の人を知らざるや。曩者吾之を叱す。彼乃ち我を以て人に非ずと為せしならん」と。太史公曰く、世に荊軻を言ふに、其の太子丹の命を称して、「天粟を雨らし、馬角を生ず」とするや、太だ過ぎたり。又荊軻秦王を傷つくと言ふも、皆非なり。始め公孫季功・董生、夏無且と游び、具に其の事を知り、余の為に之を道ふこと是の如し。曹沫より荊軻に至るまで五人、此れ其の義或いは成り或いは成らず。然れども其の意を立つること較然として、其の志を欺かず、名後世に垂る。豈に妄ならんや。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「名を好むの人は、能く千乘の國を讓る。苟くも其の人に非ざれば、簞食豆羹も色に見わる。」
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