導師導古典を学びたいすべての人に

大和俗訓 / 巻之一・為学上

一およそ人となる者は、人の道を知らずんばあるべからず。人の道を知らんとならば、聖人の敎をたふとびて、其道を學ぶべし。いかんとなれば、聖人は人の至極なり。天地の道にしたがひて、人の道を敎へ給へる萬世の師なり。後代にのこしおき給ふ四書五經の敎は、萬世の鑑なり。其道理明なること、日月の天にかゝれるが如く、天下ひろしといへども、照らざる所なし。よく讀まん人は、天下の道理を知らん事、白日に黑白をわかつが如くなるべし。あに是を學ばざるべけんや。しかるに人となる者、人倫の道は天性に生れつきたれども、其道に志なくして、食にあき、衣をあたゝかに著、居所をやすくしたるまでにて、聖人の敎を學ばざれば、人の道なくして鳥けだものに近し。

新字:一およそ人となる者は、人の道を知らずんばあるべからず。人の道を知らんとならば、聖人の教をたふとびて、其道を学ぶべし。いかんとなれば、聖人は人の至極なり。天地の道にしたがひて、人の道を教へ給へる万世の師なり。後代にのこしおき給ふ四書五経の教は、万世の鑑なり。其道理明なること、日月の天にかゝれるが如く、天下ひろしといへども、照らざる所なし。よく読まん人は、天下の道理を知らん事、白日に黒白をわかつが如くなるべし。あに是を学ばざるべけんや。しかるに人となる者、人倫の道は天性に生れつきたれども、其道に志なくして、食にあき、衣をあたゝかに著、居所をやすくしたるまでにて、聖人の教を学ばざれば、人の道なくして鳥けだものに近し。

書き下し

一およそ人となる者は、人の道を知らずんばあるべからず。人の道を知らんとならば、聖人の教をたふとびて、其道を学ぶべし。いかんとなれば、聖人は人の至極なり。天地の道にしたがひて、人の道を教へ給へる万世の師なり。後代にのこしおき給ふ四書五経の教は、万世の鑑なり。其道理明なること、日月の天にかかれるが如く、天下ひろしといへども、照らざる所なし。よく読まん人は、天下の道理を知らん事、白日に黒白をわかつが如くなるべし。あに是を学ばざるべけんや。しかるに人となる者、人倫の道は天性に生れつきたれども、其道に志なくして、食にあき、衣をあたたかに著、居所をやすくしたるまでにて、聖人の教を学ばざれば、人の道なくして鳥けだものに近し。

現代語訳

一、おおよそ人となる者は、人の道を知らずにいてはなりません。人の道を知ろうとするなら、聖人の教えを尊んでその道を学ぶべきです。なぜなら聖人は人の極みだからです。天地の道に従って人の道を教えてくださった万世の師です。後の世に残された四書五経の教えは、万世の手本です。その道理の明らかなことは日月が天にかかっているようで、天下が広くても照らさない所はありません。よく読む人が天下の道理を知ることは、真昼に白と黒を見分けるようなものでしょう。どうしてこれを学ばずにいられましょうか。それなのに人と生まれた者が、人の道は生まれつき備わっていても、その道に志がなく、食べ飽き、衣服を暖かに着、住まいを安らかにしているだけで、聖人の教えを学ばなければ、人の道がなくて鳥や獣に近いのです。

解説

人の道を知るには聖人の教え、具体的には四書五経を学べと説く段です。後半の「食に飽き、衣を暖かに著、居所を安くして」教えがなければ禽獣に近いという表現は、『孟子』滕文公上の「飽食暖衣、逸居して教え無ければ禽獣に近し」を和らげたものです。物質的に満たされていても学びがなければ人らしさを失うという指摘は、豊かな時代を生きる私たちにこそ向けられているようです。生活の安定を学びの出発点にできるかどうかが問われています。

この章句が説くこと

聖人学問四書五経人の道孟子

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る