山鹿語類 / 士道・知己職分
されば天下の間人間は云に不及、鳥獸のたぐひ、魚虫のいやしき、草木非情なる、何れかいたづらにして天性を全くするや。鳥獸は自飛走して食を求、魚虫は游昆して其食を尋、草木は土に根ざして深からんことをなせり。各唯食を求むる事不暇。一年の間一日一時も飛走游昆を忘るゝ事なし。物皆然り。而して人の上に農工商又如此。若しつとめずして一生を全く可終は、大の賊民といふべし。しかれば何ぞ職業なからんと自省みて、士の職分を究明いたさんには、士の職業初めてあらはるべき也。此思入の立ざる內は、或は人の云にまかせ、或は書册にしるせるまでを以てして、實に腹心に躰認せざるを以て、志の立處甚薄し。思の立處甚薄きときは、以前より因循して所久染の惡習內にかくるゝを以て、輕薄にして道志何を以てか長ぜんや。是士の立本第一とすべし。
新字:されば天下の間人間は云に不及、鳥獣のたぐひ、魚虫のいやしき、草木非情なる、何れかいたづらにして天性を全くするや。鳥獣は自飛走して食を求、魚虫は游昆して其食を尋、草木は土に根ざして深からんことをなせり。各唯食を求むる事不暇。一年の間一日一時も飛走游昆を忘るゝ事なし。物皆然り。而して人の上に農工商又如此。若しつとめずして一生を全く可終は、大の賊民といふべし。しかれば何ぞ職業なからんと自省みて、士の職分を究明いたさんには、士の職業初めてあらはるべき也。此思入の立ざる内は、或は人の云にまかせ、或は書册にしるせるまでを以てして、実に腹心に体認せざるを以て、志の立処甚薄し。思の立処甚薄きときは、以前より因循して所久染の悪習内にかくるゝを以て、軽薄にして道志何を以てか長ぜんや。是士の立本第一とすべし。
書き下し
されば天下の間人間は云に不及、鳥獣のたぐひ、魚虫のいやしき、草木非情なる、何れかいたづらにして天性を全くするや。鳥獣は自飛走して食を求、魚虫は游昆して其食を尋、草木は土に根ざして深からんことをなせり。各唯食を求むる事不暇。一年の間一日一時も飛走游昆を忘るゝ事なし。物皆然り。而して人の上に農工商又如此。若しつとめずして一生を全く可終は、大の賊民といふべし。しかれば何ぞ職業なからんと自省みて、士の職分を究明いたさんには、士の職業初めてあらはるべき也。此思入の立ざる内は、或は人の云にまかせ、或は書册にしるせるまでを以てして、実に腹心に体認せざるを以て、志の立処甚薄し。思の立処甚薄きときは、以前より因循して所久染の悪習内にかくるゝを以て、軽薄にして道志何を以てか長ぜんや。是士の立本第一とすべし。
現代語訳
そうであれば、天下の間では人間は言うまでもなく、鳥や獣のたぐい、卑しい魚や虫、心を持たない草木に至るまで、どれが何もせずに天性を全うしているだろうか。鳥獣は自ら飛び走って食を求め、魚や虫は泳ぎ這ってその食を探し、草木は土に根を張って深くしようとしている。それぞれただ食を求めることに暇がない。一年のうち一日一時も、飛び走り泳ぎ這うことを忘れることはない。物はみなそうである。そして人の上でも、農工商はまたこのとおりである。もし勤めずに一生を終えられるとすれば、それは大いなる賊民(世に害をなす民)と言うべきである。そうであるから、どうして職業がないことがあろうかと自ら省みて、士の職分を究め明らかにしようとすれば、士の職業がはじめて現れてくるはずである。この思い入れが立たないうちは、人の言うに任せたり、書物に記してあることだけで済ませたりして、本当に腹の底で体得していないので、志の立ちどころがはなはだ薄い。思いの立ちどころが薄いときは、以前から因循して長く染みついた悪い習慣が内に隠れているので、軽薄になって、道への志がどうして伸びようか。これを士が根本を立てる第一とすべきである。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』親士昔者、文公は出で走りて天下を正し、桓公は國を去りて諸侯に霸たり、越王句踐は吳王の仇に遜りて、尚お中國の賢君を攝す。三子の能く名を達し功を天下に成せるや、皆な其の國に於て抑えられ、而して大いに醜ずかしめられたればなり。太上は敗るること無く、其の次は敗れて以て成すこと有り、此れを之れ民を用うと謂う。吾れ之を聞けらく、「安居無きに非ざるなり、我に安心無きなり。足財無きに非ざるなり、我に足心無きなり」と。是の故に君子は自らを難んじて彼を易んじ、衆人は自らを易んじて彼を難んず。君子は進んで其の志を敗らず、内に其の情を究め、庸民に雜わると雖も、終に怨心無し。彼れ自ら信ずる者有ればなり。
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