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山鹿語類 / 士道・愼游會之節

師嘗曰。士明暗共不怠。而勵志勤行。是其職也。賢々親々。而設游宴之席。飲酒之禮既行。音樂之和數整。是賓主燕樂之節也。春服而浴風。避暑而艤舟。嘯月而棧山。山間明月。江上清風。洒々落々。天々申々。傍花隨柳。是大丈夫之游會也。何唯事讀書字畫。硜々然小人乎。度量于廣。風流于潔。然飯酒必有戒。游宴必有節。一遊一豫。爲諸侯度者。無流連之樂荒亡之行也。文王之靈囿。麀鹿濯々。白鳥鶴々。於物魚躍。是古之人與民偕樂之戒也。大丈夫于放鷹于狩漁。豈忘節荒暴乎。尤可愼。

新字:師嘗曰。士明暗共不怠。而励志勤行。是其職也。賢々親々。而設游宴之席。飲酒之礼既行。音楽之和数整。是賓主燕楽之節也。春服而浴風。避暑而艤舟。嘯月而棧山。山間明月。江上清風。洒々落々。天々申々。傍花随柳。是大丈夫之游会也。何唯事読書字画。硜々然小人乎。度量于広。風流于潔。然飯酒必有戒。游宴必有節。一遊一予。為諸侯度者。無流連之楽荒亡之行也。文王之霊囿。麀鹿濯々。白鳥鶴々。於物魚躍。是古之人与民偕楽之戒也。大丈夫于放鷹于狩漁。豈忘節荒暴乎。尤可慎。

書き下し

師嘗て曰く、士は明暗共に怠らずして、志を励まし行を勤む。是れ其の職なり。賢を賢とし親を親として、游宴の席を設け、飲酒の礼既に行はれ、音楽の和数整ふ。是れ賓主燕楽の節なり。春服して風に浴し、暑を避けて舟を艤し、月に嘯きて山に桟す。山間の明月、江上の清風、洒々落々、夭々申々、花に傍ひ柳に随ふ。是れ大丈夫の游会なり。何ぞ唯読書字画を事とする硜々然たる小人ならんや。度量于に広く、風流于に潔し。然れども飲酒必ず戒め有り、游宴必ず節有り。一遊一予、諸侯の度と為る者は、流連の楽、荒亡の行無きなり。文王の霊囿、麀鹿濯々、白鳥翯々、於に牣ちて魚躍る。是れ古の人民と偕に楽しむの戒なり。大丈夫放鷹狩漁に于て、豈節を忘れ荒暴ならんや。尤も慎むべし。

現代語訳

師はかつて言われた。士は人が見ていても見ていなくても怠らず、志を励まし行いに勤める。これがその職分である。賢者を尊び親しい者を親しんで遊宴の席を設け、飲酒の礼がすでに行われ、音楽の調和も整う。これが主客が共に楽しむ節度である。春の衣を着て風に吹かれ、暑さを避けて舟を出し、月に向かって詩を吟じ、山に桟道をかけて登る。山間の明月、川の上の清風、さっぱりとこだわりなく、のびのびとくつろぎ、花に寄り添い柳に従って歩く。これが大丈夫の遊びの集いである。どうしてただ読書や書画ばかりを事とする、こせこせした小人であろうか。度量はここに広く、風流はここに清い。しかし飲酒には必ず戒めがあり、遊宴には必ず節度がある。「一たび遊び一たび楽しむことが諸侯の手本となる」とは、流連(遊びにふけって帰るのを忘れる)の楽しみや荒亡(狩りや酒に溺れる)の行いがないことである。文王の霊囿(庭園)では、「雌鹿はつややかに肥え、白鳥は真っ白に輝き、池には魚が満ちて躍る」。これが古の人が民と共に楽しんだ戒めである。大丈夫は鷹狩りや狩猟・漁においても、どうして節度を忘れて荒々しくふるまおうか。最も慎むべきである。

解説

本章は遊びの節度を説く。素行は遊宴を否定せず、『論語』先進篇で曾点が語った春服の遊びや、程顥の詩句「花に傍い柳に随う」を引いて、月や風を楽しむ広い度量と清い風流こそ大丈夫の遊びだとし、読書と書画にこもる小人を退ける。一方で『孟子』梁恵王下篇の「流連荒亡」を戒め、文王が民と楽しみを共にした霊囿(『詩経』大雅「霊台」)を手本とする。鷹狩りにも節度を忘れるなという結びは武士の現実を踏まえる。よく遊ぶことと溺れないことの両立は、現代の休暇の過ごし方にも通じる。

この章句が説くこと

游会節度風流度量飲酒武士

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