山鹿語類 / 士道・正一日之用
師又曰。士有燕居之戒。不可不愼。傳曰。仕官之途。以四十爲强仕之年。是出而仕謀而合之節也。然考子孫之量。因君父之命。雖爲弱冠之間。可使之經官途也。士雖仕官。其職勞少。而常多間暇。或賜休暇而燕居。不幸而未仕君。或父母早沒。及遠離。而不得朝夕之恪勤。燕居閑暇之日多。則其志怠。而到放辟邪侈。自稱天地一閑人。不愼家業。殆遂陷禽獸。曾子曰。小人閑居而爲不善。無所不至。是也。故閑居之間。不可無敎戒。凡大丈夫不爲昭々信節。不爲冥々惰行。
新字:師又曰。士有燕居之戒。不可不慎。伝曰。仕官之途。以四十為強仕之年。是出而仕謀而合之節也。然考子孫之量。因君父之命。雖為弱冠之間。可使之経官途也。士雖仕官。其職労少。而常多間暇。或賜休暇而燕居。不幸而未仕君。或父母早没。及遠離。而不得朝夕之恪勤。燕居閑暇之日多。則其志怠。而到放辟邪侈。自称天地一閑人。不慎家業。殆遂陥禽獣。曽子曰。小人閑居而為不善。無所不至。是也。故閑居之間。不可無教戒。凡大丈夫不為昭々信節。不為冥々惰行。
書き下し
師又曰く、士に燕居の戒有り、慎まざるべからず。伝に曰く、仕官の途は四十を以て強仕の年と為すと。是れ出でて仕へ謀りて合ふの節なり。然れども子孫の量を考へ、君父の命に因りて、弱冠の間たりと雖も、之をして官途を経しむべし。士は仕官すと雖も、其の職労少くして常に間暇多し。或は休暇を賜りて燕居し、不幸にして未だ君に仕へず、或は父母早く没し、遠く離るるに及びて、朝夕の恪勤を得ず。燕居閑暇の日多ければ、則ち其の志怠りて放辟邪侈に到り、自ら天地の一閑人と称し、家業を慎まず、殆ど遂に禽獣に陥る。曾子曰く、小人閑居して不善を為し、至らざる所無しと。是れなり。故に閑居の間、教戒無かるべからず。凡そ大丈夫は昭々の為に節を信べず、冥々の為に行を惰らず。
現代語訳
師はまた言われた。士には燕居(家でくつろぐ時)の戒めがあり、慎まないわけにはいかない。伝に「仕官の道は、四十歳を強仕(強くして仕える)の年とする」とある。これは世に出て仕え、謀が合う時期だということである。しかし子孫の器量を考え、君や父の命によっては、二十歳ほどの若さでも官途を経させてよい。士は仕官しても、その職の労は少なく、常に暇が多い。あるいは休暇を賜って家にくつろぎ、あるいは不幸にしてまだ君に仕えず、あるいは父母が早く亡くなったり遠く離れたりして、朝夕の勤めができない。家でくつろぐ暇な日が多いと、その志は怠り、勝手気ままで邪な贅沢に至り、自ら「天地の一閑人」と称して家業を慎まず、ほとんどついには禽獣に陥る。曾子が「小人は閑居すると不善をなし、至らないところがない」と言ったのはこれである。だから閑居の間にも教えと戒めがなくてはならない。およそ大丈夫は、人の見る明るい所だからといって節を正すのでもなく、人の見ない暗い所だからといって行いを怠るのでもない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』親士昔者、文公は出で走りて天下を正し、桓公は國を去りて諸侯に霸たり、越王句踐は吳王の仇に遜りて、尚お中國の賢君を攝す。三子の能く名を達し功を天下に成せるや、皆な其の國に於て抑えられ、而して大いに醜ずかしめられたればなり。太上は敗るること無く、其の次は敗れて以て成すこと有り、此れを之れ民を用うと謂う。吾れ之を聞けらく、「安居無きに非ざるなり、我に安心無きなり。足財無きに非ざるなり、我に足心無きなり」と。是の故に君子は自らを難んじて彼を易んじ、衆人は自らを易んじて彼を難んず。君子は進んで其の志を敗らず、内に其の情を究め、庸民に雜わると雖も、終に怨心無し。彼れ自ら信ずる者有ればなり。
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『山鹿語類』士道附錄・先生自警夙に興き夜に寐ね、父母に事へ、子弟を誨へ、親族に睦み、僕従を養ひ、賓客に接し、志士を貴び、無能を矜れみ、行うて余力有らば、則ち文を学ぶ。各々我が志す所なり。而れども其の実厚からず、只だ名聞に在り。故に其の為す所、其の極を尽くすを致さず。是れ我が尤も力を着けて自ら省みるべき所なり。吾父母に事ふるに、未だ嘗て力を竭くすこと能はず。口に唯だ之を言ひて、心に之を思はざるに非ず。然れども其の実厚からず、昏定晨省の勤めも亦欠け易し。父母高年にして、其の事ふる所の日短し。自ら省みざらんや。
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『山鹿語類』士道・志於道如此外を尋ね学ぶといへども、外に聖人の師なくんば、自ら立返て内に省るべし。内に省ると云は、聖人の道聊しいて致す処なく、唯天徳の自然にまかせて至る教のみなれば、我に志を立処あらんには、事は習知て至るべく、其本意は推して自得するに在るべき也。況や古の聖人々を道びくのために格言を垂れ玉へり。我是を以てつゝしみ勤めんには、聖人の大道こゝにをいて可得也。人々各五倫のついであることを知り、士の道のあらんずる事を知といへども、或自ら是としてたれりとし、或は邪師を信じて労して無功が如し。是併道に志す所の軽薄なるより事おこたりぬべし。孔子曰、志於道、とは此心にや。道と云ふものゝ可有、私を以ては論ぜられざる事也と、其の志の立ことあらざれば、道に可至様なし。故に道に志と云へる也。世に少しなれて賢がほなる輩は、推して道を定め、この外に別に相ことなることは非ずと、私の意見を立るを以て、道こゝに遠ざかりて、遂に大道に不得入也。されば士の職分を知ると云とも、道に志す処あらざれば、知あつて行なければ不全也。尤詳に可究理也。
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史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
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