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山鹿語類 / 士道・惣論禮用之威儀

今の俗冠せずといへども、十五歲以上二十迄の間に前髪をゝとして、是より成人の禮とし、而して幼名を去て字つく。則是冠禮也。豈ゆるがせにすべけんや。然れば元服冠禮の前に、其童子成人の敎を詳にして、而して其日に至り、父母に謁して其禮を行て字を可付也。賓字冠者と云是也。賓は擇朋友賢而有禮者一人用之といへり。字は成人の名也。而して冠者謁父母祠堂。見尊長。嘉禮を行て其威儀を正す。禮賓以三献之禮。其酬賓。則束帛乘馬。其詳見于儀禮經傳通解。程子曰。冠禮廢天下無成人。或欲如魯襄公十二而冠。此不可也。冠所以責成人之事。十二年非可責之時といへり。女子亦十五にして笄す。是成人の禮也。人旣に成人の禮あつては、衣服飮食居宅よりはじめ身躰動靜人の人たる道あり。豈可忽乎。是冠禮を重んずる故也。

新字:今の俗冠せずといへども、十五歳以上二十迄の間に前髪をゝとして、是より成人の礼とし、而して幼名を去て字つく。則是冠礼也。豈ゆるがせにすべけんや。然れば元服冠礼の前に、其童子成人の教を詳にして、而して其日に至り、父母に謁して其礼を行て字を可付也。賓字冠者と云是也。賓は択朋友賢而有礼者一人用之といへり。字は成人の名也。而して冠者謁父母祠堂。見尊長。嘉礼を行て其威儀を正す。礼賓以三献之礼。其酬賓。則束帛乗馬。其詳見于儀礼経伝通解。程子曰。冠礼廃天下無成人。或欲如魯襄公十二而冠。此不可也。冠所以責成人之事。十二年非可責之時といへり。女子亦十五にして笄す。是成人の礼也。人既に成人の礼あつては、衣服飲食居宅よりはじめ身体動静人の人たる道あり。豈可忽乎。是冠礼を重んずる故也。

書き下し

今の俗冠せずといへども、十五歳以上二十迄の間に前髪をゝとして、是より成人の礼とし、而して幼名を去て字つく。則是冠礼也。豈ゆるがせにすべけんや。然れば元服冠礼の前に、其童子成人の教を詳にして、而して其日に至り、父母に謁して其礼を行て字を可付也。賓字冠者と云是也。賓は択朋友賢而有礼者一人用之といへり。字は成人の名也。而して冠者謁父母祠堂。見尊長。嘉礼を行て其威儀を正す。礼賓以三献之礼。其酬賓。則束帛乗馬。其詳見于儀礼経伝通解。程子曰。冠礼廃天下無成人。或欲如魯襄公十二而冠。此不可也。冠所以責成人之事。十二年非可責之時といへり。女子亦十五にして笄す。是成人の礼也。人既に成人の礼あつては、衣服飲食居宅よりはじめ身体動静人の人たる道あり。豈可忽乎。是冠礼を重んずる故也。

現代語訳

今の世俗では冠をしないけれども、十五歳以上二十歳までの間に前髪を落として、これを成人の礼とし、幼名を捨てて字を付ける。これがすなわち冠礼である。どうしておろそかにできようか。だから元服・冠礼の前に、その童子に成人の教えを詳しくし、その日になって父母に謁してその礼を行い、字を付けるべきである。「賓が冠者に字を付ける」というのがこれである。賓は、友人の中から賢くて礼のある者を一人選んで用いる、と言われる。字は成人の名である。そして冠者は父母と祠堂(祖先の廟)に謁し、尊長に見え、嘉礼を行ってその威儀を正す。賓をもてなすには三献の礼を用い、賓への返礼には束帛と乗馬(四頭の馬)を贈る。その詳細は『儀礼経伝通解』に見える。程子は言った。「冠礼が廃れて、天下に成人がいなくなった。ある人は魯の襄公のように十二歳で冠しようとするが、これはいけない。冠は成人としての務めを求めるためのものであり、十二歳はそれを求める時ではない」と。女子もまた十五歳で笄(こうがい)を挿す。これが成人の礼である。人がすでに成人の礼を経たならば、衣服・飲食・住まいをはじめ、身体の動静にも人が人である道がある。どうしておろそかにできようか。これが冠礼を重んずるわけである。

解説

本章は、冠礼の形が廃れても前髪を落とし幼名を改める元服がその実であるとし、元服の前に成人の教えを授けよと説く。賓が字を付け、祠堂と父母に謁する次第は朱子の『儀礼経伝通解』に拠る。程頤が魯の襄公の十二歳の冠を退けたのは、冠が成人の務めを求める儀式だからである。素行は形式の有無より、成人としての自覚を持たせる教育を重んじた。入社式や昇進の場面でも、儀式の前に何が求められるのかを教えなければ、肩書きだけの大人が生まれる。

この章句が説くこと

冠礼元服成人礼教育程子

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