山鹿語類 / 士道・嚴居宅之制
凡そ營作の要は貴輕にあり。異朝には床榻のことあつて、室中皆板布なり。人の可座の處には、床を置榻をまうけて、その間往來の處は、皆或は土上を步行し、或は石瓦をたゝんで步行せしむ。本朝は皆板布をまうけて便用を利す。是則人己を利して、國土の費をかへりみざれば也。しかれば念を入れ重く厚く可仕の處は、柱に念を入れ、地形を堅くし、棟梁をよくして、上葺を密ならしむべし。不入所に人力をついやし、財をすてんことは、皆游宴のことになりて、專ら人の目を悅ばしめ、奢をきはむるに可至也。故に貴輕といへり。而して高下を以て貴賤の分を制すと云へり。云心は家に上段中下段をかまへ、內椽外椽をめぐらして、高貴の人は高座に居し、卑賤のものは位を守て座をへだて、或は中下段、或は內外の椽に座して禮を行がゆゑに、卑賤のもの自から非常の變あらしめず、非禮を働くことなりがたし。是居宅に高下のへだてあるを以て、自然に分を守り、威儀をたゞすにたれり。况や高に坐しては、非禮の働ある時は自ら下にあらはれやすし。故に貴賤自威儀を正すべし。
新字:凡そ営作の要は貴軽にあり。異朝には床榻のことあつて、室中皆板布なり。人の可座の処には、床を置榻をまうけて、その間往来の処は、皆或は土上を歩行し、或は石瓦をたゝんで歩行せしむ。本朝は皆板布をまうけて便用を利す。是則人己を利して、国土の費をかへりみざれば也。しかれば念を入れ重く厚く可仕の処は、柱に念を入れ、地形を堅くし、棟梁をよくして、上葺を密ならしむべし。不入所に人力をついやし、財をすてんことは、皆游宴のことになりて、専ら人の目を悦ばしめ、奢をきはむるに可至也。故に貴軽といへり。而して高下を以て貴賤の分を制すと云へり。云心は家に上段中下段をかまへ、内椽外椽をめぐらして、高貴の人は高座に居し、卑賤のものは位を守て座をへだて、或は中下段、或は内外の椽に座して礼を行がゆゑに、卑賤のもの自から非常の変あらしめず、非礼を働くことなりがたし。是居宅に高下のへだてあるを以て、自然に分を守り、威儀をたゞすにたれり。況や高に坐しては、非礼の働ある時は自ら下にあらはれやすし。故に貴賤自威儀を正すべし。
書き下し
凡そ営作の要は貴軽にあり。異朝には床榻のことあつて、室中皆板布なり。人の可座の処には、床を置榻をまうけて、その間往来の処は、皆或は土上を歩行し、或は石瓦をたゝんで歩行せしむ。本朝は皆板布をまうけて便用を利す。是則人己を利して、国土の費をかへりみざれば也。しかれば念を入れ重く厚く可仕の処は、柱に念を入れ、地形を堅くし、棟梁をよくして、上葺を密ならしむべし。不入所に人力をついやし、財をすてんことは、皆游宴のことになりて、専ら人の目を悦ばしめ、奢をきはむるに可至也。故に貴軽といへり。而して高下を以て貴賤の分を制すと云へり。云心は家に上段中下段をかまへ、内椽外椽をめぐらして、高貴の人は高座に居し、卑賤のものは位を守て座をへだて、或は中下段、或は内外の椽に座して礼を行がゆゑに、卑賤のもの自から非常の変あらしめず、非礼を働くことなりがたし。是居宅に高下のへだてあるを以て、自然に分を守り、威儀をたゞすにたれり。況や高に坐しては、非礼の働ある時は自ら下にあらはれやすし。故に貴賤自威儀を正すべし。
現代語訳
およそ造作の要は、軽く簡素なことを尊ぶ点にある。異国には床榻(寝台や腰掛け)の制があって、室内は皆板敷きである。人が座るべき所には床を置き榻を設け、その間の行き来する所は、みな土の上を歩くか、石や瓦を敷き詰めて歩かせる。我が国ではすべて板を敷いて便利にしている。これは人が自分の便利を図って、国土の費えを顧みないからである。それゆえ念を入れ重く厚く造るべき所は、柱に念を入れ、地盤を固め、棟や梁をよくし、屋根葺きを密にすべきである。要らない所に人手を費やし財を捨てることは、みな遊宴のためとなり、もっぱら人の目を喜ばせ、奢りを極めることになる。だから「軽きを貴ぶ」と言うのである。そして「高下によって貴賤の分を定める」と言われる。その意味は、家に上段・中段・下段を構え、内縁・外縁をめぐらして、高貴の人は高い座に居り、卑賤の者は位を守って座を隔て、あるいは中段・下段、あるいは内外の縁に座って礼を行うので、卑賤の者は自然に非常の変を起こさず、非礼を働くこともしにくいということである。これは住まいに高下の隔てがあることで、自然に分を守り、威儀を正すのに十分だということである。まして高い所に座っていれば、非礼の振る舞いがあるとき、それは自然と下に見えやすい。だから貴い者も卑しい者も自ずから威儀を正すのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制君子大丈夫の居宅、其所を撰んで、営作の制尤も聖人の掟を守り、法を則とり便用を利し、而して体用相調、こゝにおいて居て心に快く安んじて楽しむ処たりぬべき也。いづかたに居、何様にかまへても、家宅に心はあらざると云人は、是上古穴居野処の民にして、今の文質彬々たるを用ゆるのゆゑにあらざる也。案ずるに居宅之制弁貴賤といへり。其人の官位俸禄を考へ、扶助せしむるの人をつもり、往来の賓客公用会礼のことを詳にして、其階級を守るにありぬべし。而して其人の年齢其老壮弱によつてかはりあり。尤も時代の考へ風雪の有無をはかり、其制を具にす。其家宅の有る所、都城の遠近、都鄙山のうけやう、川のありさまに因て、各其制作ありぬべし。このゆゑに士農工商の品其身の貧福を詳にして、富めりといへども分をこへて不制、貧といへどもあるべき所はあらしめて、初めて家居の法明なるべき也。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制此法を本として、宮室の大小内外のわきまへを具にすべし。家宅軽きを貴ぶといへども、其分限に従て大に致すあり、小に致すあり。一家の内にも其制大小なくんばあるべからず。室を内外に分て男女の別を正し、内より外を不云、外より内を不令窺、門を別にし井をことにし、空地を内外に設て、男女一所にあつまらしめざる、是古来の制也。如此詳に其理を究めて、高下大小皆其位を守て、聊不放埓時は、人々自然に其分を守り職を知て外を願ふことあらず。是居宅の制也。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制次に所を計りて其営作をなさゞれば、必ず営作不宜也。水土によつて風寒の甚あり。炎暑のさかんなるあり。雪の多くして屋にひとしきあり。北をうけて寒く、南をうけて暖なるは平生なりといへども、国によつて其たがひあり。東西南北を考、山川海陸をつもり、土の品をはかり、水の用を考へて、其水土によるべし。次に営作の功、人力をつもり、奉行を置、其頭を定め、土石の普請、竹木の作営、大工手伝の用を具にして、其分配組ことを詳にし、営作の制聊もおこたらず、威儀爰に存すべし。而して監人を立て、日々に往来して其労逸を正し、其賞罰を明にす。如此時は、営作自正しくして、其功速になりぬべし。丘文荘曰。古人作事。必順天時。察地勢。審土宜。不徒尽夫人事也。而又質之鬼神焉。葢宮室之建。不免於労民傷財。可已未曽不已也。万一不得已而為之。必升高以望。而審其面勢之可否。降下以観。而察其土地之宜否。考其日景。而験其方向之正否。稽之卜筮。而考其亀兆之吉凶。無一而不善。然後興工動衆といへり。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制次に諸色を貯ひ置くの宅あり。珍器重器文武の器をば、府庫をかまへ、土瓦を厚くして、盗賊を防ぎ火難をさく。平生出納すべき川器衣服財宝は、所々に納戸をかまへ、あかりをまうけ、鼠穴をさけ、盗賊を防がしめ、不浄捨てをまうけて、不浄を一所にいだす。是家宅の式也。内女を置の所も准之して可知也。次に廊をまうけ庇をかまへ、大宅小宅のつなぎを致し、所々の椽をまうけ、風雨をのぞき、一所々々に詰間をこしらへて、其所の詰番をたゞさしめ、庭上庭下に空地を置。如此時は居宅の制こゝに全し。されば身を以て是を考ふるに、身を置あり。是平生の居間也。来客に対するの用あり。飲食をなすの所あり。身につける器用をおく所あり。又僕を置の所あるべし。たとへ一室の間方丈のせばきと云ども、此ことわりは更に不得止のゆゑん也。これを推して大厦高屋のかまへ宮殿楼閣に至ると云とも、方丈の居宅を以てわり出して、客殿雲にそびへ露台天を覆ふにも至るべし。是内のかまへにして、此外に築地をかまへ、屏をまふけ、或は塁を高くし、或は湟を深くする時は、城郭の制ともなりぬべし。此本を基として居宅の品を制する、是聖人の立法建式て、其理をきはめしむるのゆゑ也。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制次に宮室の品を論ずる時は、先づ人を置く所を搆ふ。人の内には父母を安置するの室をさきとすべし。父母いまさゞる時は、廟を先んじて、而して家人の居をまうく。是今の屋を長して人を置くの宅是也。次に我居るの所あり。我平居するの宅を広からしめ、その内をかまへて小殿を設けて、親しく心易きものに対面の所とす。其間に寝所を構ふ。是私居において差別して、居間、寝所、対面所あり。次に客殿を設く。大中小は各其人によるべし。爰に又三段をかまへ、親疎尊卑の来客を饗応す。是について寄り付の宅をまふけ、或は武器をそなへ、或は番兵を置て、内外の非常を禁じ、申し次ぎ給仕するの便用を利す。次に炊飯の宅あり。これに三段をまうけて、魚鳥を調、庖丁を致すの所あり。火を盛にして、これを煮炙り、あつものし、飯かしぐの所あり。水を設け薪を蓄、魚鳥雑菜果物酒醬を置の所あり。各其用法を詳にせざれば、其制不正也。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制今天下既に泰山の安にあり。百工不及処なく、国に溝洫の力をつくすべきあらずして、天子諸侯皆堯の行跡を学ばんとならば、時こゝにたがへり。何ぞ用るに足らん。堯禹を今に出さしめば、各宮室の制をいよやかにして、天子諸侯の威儀を明かにすべし。しかりと云て居宅の分に過ぎて財をついやし民を苦しめなんことは、彼の秦の阿房、隋の離宮にして、不亡ばあらず。故に聖人其奢を戒しむ。其言を不心得口にまかせて弁をなさんことは、腐儒末学のさたにして、君子の貴ぶ所にあらず。居宅の制尤可慎也。本朝営繕令を選んで唐の例に准し、天下の営作を糾明す。而して後世々に制法を立て其式を定むといへども、やゝもすれば過奢にいたり、吝情に過て、其制道に中らず。君子大丈夫唯聖人所定の本を心とし、時の制に准して、自気をうつし、其非僻の心をさるべき也。すべて家宅につれて所用の諸器ともに其制たがふもの也。聊ゆるかせに不可仕也。或は人の目を悦ばしめ、或は遊宴をことゝせんことは、皆聖人の心にあらざる也。
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