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山鹿語類 / 士道・明衣服之制

本朝の今衣裳の制あらざれども、士の所着唯便用とのみ心付は、是身を利するの一事なるを以て、ひだをたゝみ置くべきをも、其たゝみめを略して殺取、不入所に繪布の不費をよしとして、幅を略しひだを去て捷徑をこととす。古は下の袴の幅尤廣して、襞積を多くし、其禮服とす。今は上下ともに幅をつめて襞積を少くす。ある所のひだも不得已して是をゝく。唯古人の是を以て禮服とし、威儀をたゞし、德行をかへりみ、非禮の動あらしめざらんの爲也と云心、聊も無之。如此なりもて行ば、彼の南蠻北狄の紅毛を以て身をまとひ、人の膚をつゝみて、袖のあまりなく、齊のとゝのほるあらず。はだかなる身を紅毛にくるみまとふて餘分なきが如く、つひには禽獸の皮毛載角して專己を利するにのみ至りぬべし。其機微不戒んや。

新字:本朝の今衣裳の制あらざれども、士の所着唯便用とのみ心付は、是身を利するの一事なるを以て、ひだをたゝみ置くべきをも、其たゝみめを略して殺取、不入所に絵布の不費をよしとして、幅を略しひだを去て捷径をこととす。古は下の袴の幅尤広して、襞積を多くし、其礼服とす。今は上下ともに幅をつめて襞積を少くす。ある所のひだも不得已して是をゝく。唯古人の是を以て礼服とし、威儀をたゞし、徳行をかへりみ、非礼の動あらしめざらんの為也と云心、聊も無之。如此なりもて行ば、彼の南蠻北狄の紅毛を以て身をまとひ、人の膚をつゝみて、袖のあまりなく、斉のとゝのほるあらず。はだかなる身を紅毛にくるみまとふて余分なきが如く、つひには禽獣の皮毛載角して専己を利するにのみ至りぬべし。其機微不戒んや。

書き下し

本朝の今衣裳の制あらざれども、士の所着唯便用とのみ心付は、是身を利するの一事なるを以て、ひだをたゝみ置くべきをも、其たゝみめを略して殺取、不入所に絵布の不費をよしとして、幅を略しひだを去て捷径をこととす。古は下の袴の幅尤広して、襞積を多くし、其礼服とす。今は上下ともに幅をつめて襞積を少くす。ある所のひだも不得已して是をゝく。唯古人の是を以て礼服とし、威儀をたゞし、徳行をかへりみ、非礼の動あらしめざらんの為也と云心、聊も無之。如此なりもて行ば、彼の南蠻北狄の紅毛を以て身をまとひ、人の膚をつゝみて、袖のあまりなく、斉のとゝのほるあらず。はだかなる身を紅毛にくるみまとふて余分なきが如く、つひには禽獣の皮毛載角して専己を利するにのみ至りぬべし。其機微不戒んや。

現代語訳

わが国の今は衣裳の制度がないけれども、士の着るものをただ便利とだけ心がけるのは、身を利する一事であるから、ひだを畳んでおくべきところも、その畳み目を略して削り取り、要らないところに布を費やさないのをよしとして、幅を略しひだを除いて手軽さを事とする。古は下の袴の幅をたいへん広くして襞積を多くし、それを礼服とした。今は上下ともに幅を詰めて襞積を少なくしている。残っているひだも、やむをえないから置いているにすぎない。古人がこれを礼服とし、威儀を正し、徳行を顧み、非礼の動きをさせないためであったという心は、少しもない。このようにして進んでいけば、あの南蛮・北狄が毛織物で身をまとい、人の肌を包んで、袖の余りもなく裾の整いもないように、裸の身を毛織物にくるんで余分がないのと同じになり、ついには禽獣が皮毛をまとい角を戴いて、もっぱら自分を利することにだけ至るであろう。その兆しを戒めずにいられようか。

解説

当世の武士の袴が布を惜しんで幅を詰め、ひだを略していることを、身を利する心の表れとして批判する段である。古人がひだの多い袴を礼服としたのは威儀を正し徳行を顧みるためだったのに、今はその心が少しもないと嘆く。小さな省略を重ねていくと、最後には禽獣が自分を利するだけの姿に至るという論法は、兆しのうちに戒めよという警告である。目先の節約や効率化が積み重なって、組織の大切な余裕や品位が失われていくことへの注意として読むことができる。

この章句が説くこと

便用威儀倹約徳行礼兆し

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