山鹿語類 / 士道・明衣服之制
本朝又笏檜扇の類これ也。俗下れるに及んで、上公より士大夫まで皆扇を用ふ。是禮の失するゆゑん也。そのゆゑは、扇は暑を除するの器也。臣子君父の前においては、あつしと云ともみだりに扇をつかふべからざる也。若し是を腰間にさしはさまば、不思に扇をぬいで風をまふけ、失禮に至ることもあるべし。故に公庭には笏檜扇を用て書思對命、指示して禮を以てして、更に身を利するの用とせず。唯君父に對して忠孝の思入計り也。身を利し便用を事として此扇挿になれり。是又時のならはしなれば尤不可變。扇を用ゆること、古の笏に相比して、身の便用を先にすることなかれ。
新字:本朝又笏檜扇の類これ也。俗下れるに及んで、上公より士大夫まで皆扇を用ふ。是礼の失するゆゑん也。そのゆゑは、扇は暑を除するの器也。臣子君父の前においては、あつしと云ともみだりに扇をつかふべからざる也。若し是を腰間にさしはさまば、不思に扇をぬいで風をまふけ、失礼に至ることもあるべし。故に公庭には笏檜扇を用て書思対命、指示して礼を以てして、更に身を利するの用とせず。唯君父に対して忠孝の思入計り也。身を利し便用を事として此扇挿になれり。是又時のならはしなれば尤不可変。扇を用ゆること、古の笏に相比して、身の便用を先にすることなかれ。
書き下し
本朝又笏檜扇の類これ也。俗下れるに及んで、上公より士大夫まで皆扇を用ふ。是礼の失するゆゑん也。そのゆゑは、扇は暑を除するの器也。臣子君父の前においては、あつしと云ともみだりに扇をつかふべからざる也。若し是を腰間にさしはさまば、不思に扇をぬいで風をまふけ、失礼に至ることもあるべし。故に公庭には笏檜扇を用て書思対命、指示して礼を以てして、更に身を利するの用とせず。唯君父に対して忠孝の思入計り也。身を利し便用を事として此扇挿になれり。是又時のならはしなれば尤不可変。扇を用ゆること、古の笏に相比して、身の便用を先にすることなかれ。
現代語訳
わが国でもまた、笏や檜扇の類がこれである。世俗が下るに及んで、上公から士大夫まで、みな扇を用いるようになった。これは礼が失われた理由である。そのわけは、扇は暑さを除く道具である。臣や子は君や父の前では、暑いといってもみだりに扇を使ってはならない。もしこれを腰に挿しておけば、思わず扇を抜いて風を送り、失礼に至ることもあるだろう。ゆえに公の場では笏や檜扇を用いて、思うところや答えるべきこと、君命を書きとめ、指し示して礼をもってし、少しも身を利する用にはしない。ただ君父に対する忠孝の思い入れだけである。身を利し便利を事として、このように扇を挿すようになった。これもまた時の習わしであるから、決して変えてはならない。扇を用いることは、古の笏に比べて考え、身の便利を先にしてはならない。
解説
この章句が説くこと
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