山鹿語類 / 士道・明衣服之制
次に帶之事、古來は其制品多し。玉藻に革帶大帶のこと出たり。いづれも衣冠の時の制也。帶以素、天子朱裏終紕、羽帶、與紐及紳、皆飾其側也、大夫裨其紐及、末士裨其末帶、袂絹爲之、廣四寸、裨用黑繒、廣一寸と也。古來帶を前にて結び、そのあまりをむすびさぐる、此を紳と云。紳垂る三尺と也。紳の外に紐ひろさ三寸長三尺なるを垂るゝ、是又帶のさがりを考へて、衣服の高低をはかり、威儀を正さしむ。革帶と云は、つくり皮の帶也。是にはかこと號して、金のわなをいたして屈伸せしめて自由ならしむ。ゆゑに鈎帶とも云也。陳氏禮書曰、內則曰、男鞶革。莊子曰、帶死牛之脇。玉藻曰、革帶博二寸。士喪禮曰、韐帶用革、笏捽於帶之右旁。然則革帶其博二寸、其用以繫佩韍後、加以大帶、而佩繫於革帶、笏挿於二帶之間矣、革帶有鈎以拘之、後世謂之鉤鰈。阮諶云、鰈螳螂相以相拘帶、謂之拘鰈、云々。今世に用ゆる所專便用を利す。尤心得あるべし。帶は前にむすぶを以て古法とすといへども、近代袴を着するの制に宜を以て、後にむすぶを用ゆ。武容猶用前紳也。
新字:次に帯之事、古来は其制品多し。玉藻に革帯大帯のこと出たり。いづれも衣冠の時の制也。帯以素、天子朱裏終紕、羽帯、与紐及紳、皆飾其側也、大夫裨其紐及、末士裨其末帯、袂絹為之、広四寸、裨用黒繒、広一寸と也。古来帯を前にて結び、そのあまりをむすびさぐる、此を紳と云。紳垂る三尺と也。紳の外に紐ひろさ三寸長三尺なるを垂るゝ、是又帯のさがりを考へて、衣服の高低をはかり、威儀を正さしむ。革帯と云は、つくり皮の帯也。是にはかこと号して、金のわなをいたして屈伸せしめて自由ならしむ。ゆゑに鈎帯とも云也。陳氏礼書曰、内則曰、男鞶革。荘子曰、帯死牛之脇。玉藻曰、革帯博二寸。士喪礼曰、韐帯用革、笏捽於帯之右旁。然則革帯其博二寸、其用以繋佩韍後、加以大帯、而佩繋於革帯、笏挿於二帯之間矣、革帯有鈎以拘之、後世謂之鉤鰈。阮諶云、鰈螳螂相以相拘帯、謂之拘鰈、云々。今世に用ゆる所専便用を利す。尤心得あるべし。帯は前にむすぶを以て古法とすといへども、近代袴を着するの制に宜を以て、後にむすぶを用ゆ。武容猶用前紳也。
書き下し
次に帯之事、古来は其制品多し。玉藻に革帯大帯のこと出たり。いづれも衣冠の時の制也。帯以素、天子朱裏終紕、羽帯、与紐及紳、皆飾其側也、大夫裨其紐及、末士裨其末帯、袂絹為之、広四寸、裨用黒繒、広一寸と也。古来帯を前にて結び、そのあまりをむすびさぐる、此を紳と云。紳垂る三尺と也。紳の外に紐ひろさ三寸長三尺なるを垂るゝ、是又帯のさがりを考へて、衣服の高低をはかり、威儀を正さしむ。革帯と云は、つくり皮の帯也。是にはかこと号して、金のわなをいたして屈伸せしめて自由ならしむ。ゆゑに鈎帯とも云也。陳氏礼書曰、内則曰、男鞶革。荘子曰、帯死牛之脇。玉藻曰、革帯博二寸。士喪礼曰、韐帯用革、笏捽於帯之右旁。然則革帯其博二寸、其用以繋佩韍後、加以大帯、而佩繋於革帯、笏挿於二帯之間矣、革帯有鈎以拘之、後世謂之鉤鰈。阮諶云、鰈螳螂相以相拘帯、謂之拘鰈、云々。今世に用ゆる所専便用を利す。尤心得あるべし。帯は前にむすぶを以て古法とすといへども、近代袴を着するの制に宜を以て、後にむすぶを用ゆ。武容猶用前紳也。
現代語訳
次に帯のことである。古来その制度には種類が多い。『礼記』玉藻に革帯と大帯のことが出ている。いずれも衣冠を着ける時の制度である。「帯は素(白絹)で作り、天子は朱の裏をつけて全体を縁取る。羽帯(雑帯)は紐と紳とともに、みなその側を縁取る。大夫はその紐と末を縁取り、士はその末を縁取る。帯は絹で作り、幅は四寸、縁取りには黒い絹を用い、幅は一寸」という。古来、帯を前で結び、その余りを結んで垂らす。これを紳という。「紳の垂れは三尺」という。紳のほかに、幅三寸・長さ三尺の紐を垂らす。これもまた帯の垂れ具合を見て衣服の高低をはかり、威儀を正させるものである。革帯というのは、なめし革の帯である。これには「かこ」と呼んで金具の輪をつけ、伸び縮みさせて自由にする。ゆえに鉤帯ともいう。陳氏(陳祥道)の『礼書』に言う。「『礼記』内則に『男は革の小袋(鞶)をつける』とあり、『荘子』に『死んだ牛の脇の皮を帯にする』とあり、玉藻に『革帯の幅は二寸』とあり、『儀礼』士喪礼に『韐(ひざかけ)の帯には革を用い、笏は帯の右脇に挿む』とある。そうであれば革帯はその幅二寸で、佩や韍(ひざかけ)を結びつけるのに用い、その後に大帯を加える。佩は革帯に結び、笏は二つの帯の間に挿むのである。革帯には鉤があってこれを留める。後世これを鉤鰈という。阮諶は『鰈は螳螂(かまきり)のように互いに留め合う帯で、これを拘鰈という』と言う」云々。今の世に用いるものは、もっぱら便利をよしとしている。とくに心得があるべきである。帯は前で結ぶのを古法とするけれども、近代は袴をはく制度に都合がよいので、後ろで結ぶのを用いる。武の姿ではなお前に紳を用いる。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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