山鹿語類 / 士道・明衣服之制
馬端臨曰、三代時衣服之制、其可攷見者、雖不一、然除冕服之外、惟玄端深衣二者、其用最廣、玄端則自天子至士、皆可服之、深衣則自天子至庶人皆可服之、蓋玄端者國家之命服也、深衣者聖賢之法服也、然玄端雖曰命服、而本無等級、非若冕辨之服、上下截然者之比、故天子服之而不卑、士服之而不爲僭、至於深衣、則裁制縫袵、動合禮法、故賤者可服、貴者亦可服、朝廷可服、燕私亦可服、天子服之以養老、謂諸侯服之以祭膳、卿大夫士服之以視私朝、庶人服之以賓祭、蓋亦未嘗有等級也、古人衣服之制不復存、獨深衣則戴記言之甚備、然其制雖具存、而後世苟有服之者、非以詭異貽譏、則以儒綬取哂、雖康節大賢、亦有今人不敢服古衣之說、司馬温公必居獨樂園而後服之、呂榮陽朱文公必休致而後服之、然則三君子當居官涖職見用於世之時、亦不敢、此以取駭於俗觀也といへり。
新字:馬端臨曰、三代時衣服之制、其可攷見者、雖不一、然除冕服之外、惟玄端深衣二者、其用最広、玄端則自天子至士、皆可服之、深衣則自天子至庶人皆可服之、蓋玄端者国家之命服也、深衣者聖賢之法服也、然玄端雖曰命服、而本無等級、非若冕弁之服、上下截然者之比、故天子服之而不卑、士服之而不為僭、至於深衣、則裁制縫袵、動合礼法、故賤者可服、貴者亦可服、朝廷可服、燕私亦可服、天子服之以養老、謂諸侯服之以祭膳、卿大夫士服之以視私朝、庶人服之以賓祭、蓋亦未嘗有等級也、古人衣服之制不復存、独深衣則戴記言之甚備、然其制雖具存、而後世苟有服之者、非以詭異貽譏、則以儒綬取哂、雖康節大賢、亦有今人不敢服古衣之説、司馬温公必居独楽園而後服之、呂栄陽朱文公必休致而後服之、然則三君子当居官涖職見用於世之時、亦不敢、此以取駭於俗観也といへり。
書き下し
馬端臨曰、三代時衣服之制、其可攷見者、雖不一、然除冕服之外、惟玄端深衣二者、其用最広、玄端則自天子至士、皆可服之、深衣則自天子至庶人皆可服之、蓋玄端者国家之命服也、深衣者聖賢之法服也、然玄端雖曰命服、而本無等級、非若冕弁之服、上下截然者之比、故天子服之而不卑、士服之而不為僭、至於深衣、則裁制縫袵、動合礼法、故賤者可服、貴者亦可服、朝廷可服、燕私亦可服、天子服之以養老、謂諸侯服之以祭膳、卿大夫士服之以視私朝、庶人服之以賓祭、蓋亦未嘗有等級也、古人衣服之制不復存、独深衣則戴記言之甚備、然其制雖具存、而後世苟有服之者、非以詭異貽譏、則以儒綬取哂、雖康節大賢、亦有今人不敢服古衣之説、司馬温公必居独楽園而後服之、呂栄陽朱文公必休致而後服之、然則三君子当居官涖職見用於世之時、亦不敢、此以取駭於俗観也といへり。
現代語訳
馬端臨は言う。「三代の衣服の制度で、考えることのできるものは一つではないが、冕服(冠と礼服)を除けば、ただ玄端と深衣の二つがもっとも広く用いられた。玄端は天子から士まで着ることができ、深衣は天子から庶人まで着ることができた。思うに玄端は国家の命服であり、深衣は聖賢の法服である。しかし玄端は命服といっても、もともと等級がなく、冕や弁の服のように上下がはっきり分かれているものとは比べられない。ゆえに天子が着ても卑しくなく、士が着ても分を越えたことにならない。深衣にいたっては、裁ち方も縫い方も襟も、すべて礼法にかなっているので、賤しい者も着てよく、貴い者も着てよく、朝廷でも着てよく、私生活でも着てよい。天子はこれを着て老人を養い、諸侯はこれを着て祭膳を行い、卿・大夫・士はこれを着て私邸の政務をとり、庶人はこれを着て賓客や祭りに臨んだ。これもまた等級があったことはない。古人の衣服の制度はもはや残っていないが、ただ深衣だけは戴記(『礼記』)がたいへん詳しく言っている。しかしその制度は具わって残っていても、後世にもしこれを着る者がいれば、奇をてらったとそしられるか、儒者ぶっていると笑われるかである。邵康節(邵雍)ほどの大賢でさえ『今の人は古の衣を着ようとしない』という説があり、司馬温公は必ず独楽園にいるときにだけこれを着、呂栄陽(呂希哲)や朱文公(朱子)は必ず官を退いてからこれを着た。してみると、この三君子も官にあって職に臨み世に用いられている時には、やはり着ようとしなかった。俗人の目を驚かせることになるからである」と言っている。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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