山鹿語類 / 士道・明衣服之制
宋の朱子家禮において、深衣の制を詳にし、甚好て、私居の時服之。其制は、本大戴禮詳に出也。其說に曰、古者深衣、盖有制度、以應規矩準繩權衡、短毋見膚、長毋被土、制十有二幅、以應十有二月、袂圓以應規、曲袷如矩、以應方、云々。其制法甚詳にして、古來の服制これのみのこれり。故に時に不叶といへども、温公朱子は私に着之と也。是古を慕ふの志深ければ也。後人又これを必として、儒服とせんことは不可也。藍田呂氏曰、深衣之用、上下不嫌同名、吉凶不嫌同制、男女不嫌同服、諸侯朝朝服、夕深衣、大夫士朝玄端、夕深衣、庶人衣吉服深衣而已、此上下之同也、有虞氏而養老、諸侯大夫夕皆深衣、將軍文子除喪而受越人吊、練冠深衣、親迎女在塗、壻之父母死、深衣縞總以趍喪、此吉凶男女之同也、蓋深衣者、簡便之服、雖不經見、推其義類、則非朝祭、皆可服之、故曰、可以爲文、可以爲武、可以擯相、可以治軍旅也。
新字:宋の朱子家礼において、深衣の制を詳にし、甚好て、私居の時服之。其制は、本大戴礼詳に出也。其説に曰、古者深衣、盖有制度、以応規矩準縄権衡、短毋見膚、長毋被土、制十有二幅、以応十有二月、袂円以応規、曲袷如矩、以応方、云々。其制法甚詳にして、古来の服制これのみのこれり。故に時に不叶といへども、温公朱子は私に着之と也。是古を慕ふの志深ければ也。後人又これを必として、儒服とせんことは不可也。藍田呂氏曰、深衣之用、上下不嫌同名、吉凶不嫌同制、男女不嫌同服、諸侯朝朝服、夕深衣、大夫士朝玄端、夕深衣、庶人衣吉服深衣而已、此上下之同也、有虞氏而養老、諸侯大夫夕皆深衣、将軍文子除喪而受越人吊、練冠深衣、親迎女在塗、壻之父母死、深衣縞総以趍喪、此吉凶男女之同也、蓋深衣者、簡便之服、雖不経見、推其義類、則非朝祭、皆可服之、故曰、可以為文、可以為武、可以擯相、可以治軍旅也。
書き下し
宋の朱子家礼において、深衣の制を詳にし、甚好て、私居の時服之。其制は、本大戴礼詳に出也。其説に曰、古者深衣、盖有制度、以応規矩準縄権衡、短毋見膚、長毋被土、制十有二幅、以応十有二月、袂円以応規、曲袷如矩、以応方、云々。其制法甚詳にして、古来の服制これのみのこれり。故に時に不叶といへども、温公朱子は私に着之と也。是古を慕ふの志深ければ也。後人又これを必として、儒服とせんことは不可也。藍田呂氏曰、深衣之用、上下不嫌同名、吉凶不嫌同制、男女不嫌同服、諸侯朝朝服、夕深衣、大夫士朝玄端、夕深衣、庶人衣吉服深衣而已、此上下之同也、有虞氏而養老、諸侯大夫夕皆深衣、将軍文子除喪而受越人吊、練冠深衣、親迎女在塗、壻之父母死、深衣縞総以趍喪、此吉凶男女之同也、蓋深衣者、簡便之服、雖不経見、推其義類、則非朝祭、皆可服之、故曰、可以為文、可以為武、可以擯相、可以治軍旅也。
現代語訳
宋の朱子は『家礼』において深衣の制度を詳しく述べ、たいへん好んで、私的に過ごすときにこれを着た。その制度はもと『大戴礼』に詳しく出ている。その説に言う。「古の深衣には、思うに制度があって、規(コンパス)・矩(さしがね)・準(水準器)・縄(すみなわ)・権衡(はかり)に応じていた。短くても肌を見せず、長くても地に着かない。十二幅で作り、十二か月に応じる。袂が円いのは規に応じ、曲がった襟が矩のようなのは方に応じる」云々。その制法はたいへん詳しく、古来の服制ではこれだけが残った。ゆえに時代に合わないといっても、司馬温公(司馬光)や朱子は私的にこれを着たという。これは古を慕う志が深かったからである。後の人がまたこれを必須として儒服としようとするのはいけない。藍田呂氏(呂大臨)は言う。「深衣の用は、上下で同じ名を嫌わず、吉凶で同じ形を嫌わず、男女で同じ服を嫌わない。諸侯は朝には朝服、夕には深衣。大夫・士は朝には玄端、夕には深衣。庶人は吉服として深衣を着るだけである。これが上下の同じところである。有虞氏が老人を養うとき、諸侯・大夫は夕にみな深衣であった。将軍文子は喪が明けて越人の弔問を受けるとき、練冠に深衣であった。花嫁を迎えに行き、嫁が途中にいるとき、婿の父母が死ねば、深衣に白い髪くくりで喪に駆けつけた。これが吉凶男女の同じところである。思うに深衣は簡便な服であり、経書に多くは見えないが、その意味の類を推せば、朝廷の儀式や祭祀でなければ、みな着てよい。ゆえに『文にも使え、武にも使え、介添えにも使え、軍旅を治めるにも使える』と言うのである」と。
解説
この章句が説くこと
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