山鹿語類 / 士道・節飮食之用
師嘗て曰。凡そ天地の間の生物、飮食せざるときは、身を養ふこと不能。是五行相生の說也。木は水の養を以て長じ、金は土の養に因て生ず。人は万物の靈なるを以て、五行の養をともに全く得て、而して其天年を全す。一日も飮食かくる時は、この生損す。是人の飮食を以て要とするゆゑんなり。子貢問政、子曰、足食足兵民信之といへり。洪範の八政に、第一に食を以てす。各其本とする所あればなり。而ば飮は水に付、食は五穀によれり。渴し饑て水を求め食をなさんには、飮食節を過す。常に飽滿して飮食をなさんも又節をこゆることあり。故に聖人初めて飮食を節ならしめて、人の天年を終へしむるに至る也。是天地生物必ず飮食あるのゆゑん也。
新字:師嘗て曰。凡そ天地の間の生物、飲食せざるときは、身を養ふこと不能。是五行相生の説也。木は水の養を以て長じ、金は土の養に因て生ず。人は万物の霊なるを以て、五行の養をともに全く得て、而して其天年を全す。一日も飲食かくる時は、この生損す。是人の飲食を以て要とするゆゑんなり。子貢問政、子曰、足食足兵民信之といへり。洪範の八政に、第一に食を以てす。各其本とする所あればなり。而ば飲は水に付、食は五穀によれり。渇し饑て水を求め食をなさんには、飲食節を過す。常に飽満して飲食をなさんも又節をこゆることあり。故に聖人初めて飲食を節ならしめて、人の天年を終へしむるに至る也。是天地生物必ず飲食あるのゆゑん也。
書き下し
師嘗て曰。凡そ天地の間の生物、飲食せざるときは、身を養ふこと不能。是五行相生の説也。木は水の養を以て長じ、金は土の養に因て生ず。人は万物の霊なるを以て、五行の養をともに全く得て、而して其天年を全す。一日も飲食かくる時は、この生損す。是人の飲食を以て要とするゆゑんなり。子貢問政、子曰、足食足兵民信之といへり。洪範の八政に、第一に食を以てす。各其本とする所あればなり。而ば飲は水に付、食は五穀によれり。渇し饑て水を求め食をなさんには、飲食節を過す。常に飽満して飲食をなさんも又節をこゆることあり。故に聖人初めて飲食を節ならしめて、人の天年を終へしむるに至る也。是天地生物必ず飲食あるのゆゑん也。
現代語訳
先生はかつてこう言われた。およそ天地の間の生き物は、飲食しなければ身を養うことができない。これが五行相生の説である。木は水に養われて育ち、金は土に養われて生じる。人は万物の霊長であるから、五行の養いをすべて完全に受けて、そうして天から与えられた寿命を全うする。一日でも飲食が欠ければ、この生が損なわれる。これが、人が飲食を肝要とする理由である。子貢が政治について尋ねると、孔子は「食を足らし、兵を足らし、民がこれを信じるようにする」と言われた。『書経』洪範篇の八政でも、第一に食を挙げている。それぞれ本とするところがあるからである。さて飲は水により、食は五穀による。渇き飢えてから水を求め食をとろうとすると、飲食が節度を過ぎる。いつも満腹しているのに飲食するのも、また節度を越えることがある。だから聖人が初めて飲食に節度を設けて、人に寿命を全うさせるに至ったのである。これが、天地の生き物に必ず飲食があることの意味である。
解説
この章句が説くこと
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