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山鹿語類 / 士道・愼容貌之動

次に佩玉の事、禮記に曰、古之君子必佩玉、右徵角、左宮羽、玉聲所中也趨以采薺、行以肆夏、周旋中規、折旋中矩、進則揖之、退則揚之、然後玉鏘鳴也、故君子在車則聞鸞和之聲、行則鳴佩玉、是以非辟之心、無自入也といへり。是は立にも、居にも、行步せしむるにも、左右の玉の音の響を合せて聊おこたらず、肆ならしめざらんための制也。若し動靜禮に違ふときは、佩玉の音其響不和。腰に佩玉あるは、容貌威儀をたゞし、德をこれに可比用也。車には鸞和の鈴を付て、其響を和せしめて、御者の禮をたゞし、內の怠を戒しめ、其心を靜ならしむ。すべて左右佩ものを以て、自其威儀の正しからんことを欲す。是君子の日用也。如此に容貌をとゝのへて、而して後に威儀の則明なるべし。大丈夫の身をとゝのふること如此につゝしみて、初めて君子の道に可入也。動靜所を失、威儀こゝに紛亂するときは、自然に內の志放埓にして、其德正しからず。容貌の威儀悉く內の德にかゝる。其の重きこと可知也。

新字:次に佩玉の事、礼記に曰、古之君子必佩玉、右徴角、左宮羽、玉声所中也趨以采薺、行以肆夏、周旋中規、折旋中矩、進則揖之、退則揚之、然後玉鏘鳴也、故君子在車則聞鸞和之声、行則鳴佩玉、是以非辟之心、無自入也といへり。是は立にも、居にも、行歩せしむるにも、左右の玉の音の響を合せて聊おこたらず、肆ならしめざらんための制也。若し動静礼に違ふときは、佩玉の音其響不和。腰に佩玉あるは、容貌威儀をたゞし、徳をこれに可比用也。車には鸞和の鈴を付て、其響を和せしめて、御者の礼をたゞし、内の怠を戒しめ、其心を静ならしむ。すべて左右佩ものを以て、自其威儀の正しからんことを欲す。是君子の日用也。如此に容貌をとゝのへて、而して後に威儀の則明なるべし。大丈夫の身をとゝのふること如此につゝしみて、初めて君子の道に可入也。動静所を失、威儀こゝに紛乱するときは、自然に内の志放埓にして、其徳正しからず。容貌の威儀悉く内の徳にかゝる。其の重きこと可知也。

書き下し

次に佩玉の事、礼記に曰、古之君子必佩玉、右徴角、左宮羽、玉声所中也趨以采薺、行以肆夏、周旋中規、折旋中矩、進則揖之、退則揚之、然後玉鏘鳴也、故君子在車則聞鸞和之声、行則鳴佩玉、是以非辟之心、無自入也といへり。是は立にも、居にも、行歩せしむるにも、左右の玉の音の響を合せて聊おこたらず、肆ならしめざらんための制也。若し動静礼に違ふときは、佩玉の音其響不和。腰に佩玉あるは、容貌威儀をたゞし、徳をこれに可比用也。車には鸞和の鈴を付て、其響を和せしめて、御者の礼をたゞし、内の怠を戒しめ、其心を静ならしむ。すべて左右佩ものを以て、自其威儀の正しからんことを欲す。是君子の日用也。如此に容貌をとゝのへて、而して後に威儀の則明なるべし。大丈夫の身をとゝのふること如此につゝしみて、初めて君子の道に可入也。動静所を失、威儀こゝに紛乱するときは、自然に内の志放埓にして、其徳正しからず。容貌の威儀悉く内の徳にかゝる。其の重きこと可知也。

現代語訳

次に佩玉のことである。『礼記』に「古の君子は必ず玉を佩びた。右には徴と角、左には宮と羽の音の玉を下げた(玉の音がその音階にかなう)。小走りするときは采薺の楽に、歩くときは肆夏の楽に拍子を合わせ、身を巡らすときはコンパスで描くように円く、向きを変えるときは定規を当てたように直角にし、進むときは身をかがめ、退くときは身を起こす。そうしてのちに玉が鏘々と鳴る。だから君子は車に乗れば鸞和(車の鈴)の音を聞き、歩けば佩玉を鳴らす。こうして邪な心が入り込む隙がないのである」とある。これは立つときも、居るときも、歩くときも、左右の玉の音の響きを合わせて少しも怠らず、気ままにさせないための定めである。もし動静が礼にたがえば、佩玉の音はその響きが和さない。腰に佩玉を下げるのは、容貌と威儀を正し、徳をこれになぞらえるためである。車には鸞和の鈴をつけて、その響きを和させて、御者の礼を正し、内の怠りを戒め、その心を静かにする。すべて左右に佩び物をして、おのずとその威儀が正しくなることを望むのである。これが君子の日用である。このように容貌を整えてのちに、威儀の規範が明らかになるはずである。大丈夫が身を整えることは、このように慎んで、初めて君子の道に入ることができる。動静が所を失い、威儀が乱れるときは、自然に内の志も放埓になり、その徳は正しくない。容貌の威儀はことごとく内の徳にかかっている。その重いことを知るべきである。

解説

本条は「慎容貌之動」の結びである。『礼記』玉藻の佩玉の制を引き、古の君子は腰の玉の響きで歩みの乱れを知り、車の鈴で御者の心を静めたという。外に置いた音の物差しによって、おのずと威儀が正されるのである。素行は最後に、容貌を整えて初めて君子の道に入れること、威儀が乱れれば内の志も放埓になることを述べ、容貌の威儀はことごとく内の徳にかかると締めくくる。冒頭の「容貌は性心を入るる器」と呼応し、外を整えることと内を養うことが一つであるという本章の主題が完結する。現代でも、身だしなみや所作の小さな乱れに気づく仕組みを持つことは、心の緩みを早く知る手立てになる。

この章句が説くこと

佩玉威儀徳容貌修身礼記

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