山鹿語類 / 士道・愼容貌之動
次に立容あり。是容貌の既に動也。玉藻に曰、立容辨卑毋讇、自貶卑謂磬折、讇爲傾身以下、頭頸必中山立、不動搖也時行といへり。容經に固頤正視、平肩正背、臂如抱鼓、足間二寸、端面攝纓、端股整足、休不搖肘、曰經立、因以微磬曰共立、因以磬折曰肅立、因以垂佩曰卑立、立容と出せり。曲禮曰、立如齊。又曰、立容德とあり。是立の禮を不違の容也。然れば坐を立んと欲せば、手足をくつろげ前後左右を顧、其可立の節を考へて、爰に立べし。立ざる前に立べきの心得をなす、これ立の威儀也。思にまかせ氣に從て立ときは、或は立んとして手足痿痺、或は傾倒して左右に無禮をなし、立といへども其禮不正也。立て其容不正ときは、久しく居がたし。物を捧げ持て必ず傾曲す。立ものは行走るべし。立こと不端ば、行步不正べし。是立の容を正しくするの謂也。進退周旋、先づ立容をあらため、腰をすゑ、元氣を張り、臍を固くし、肩を平にし、背を正しからしむ。是皆立の容也。
新字:次に立容あり。是容貌の既に動也。玉藻に曰、立容弁卑毋讇、自貶卑謂磬折、讇為傾身以下、頭頸必中山立、不動揺也時行といへり。容経に固頤正視、平肩正背、臂如抱鼓、足間二寸、端面摂纓、端股整足、休不揺肘、曰経立、因以微磬曰共立、因以磬折曰粛立、因以垂佩曰卑立、立容と出せり。曲礼曰、立如斉。又曰、立容徳とあり。是立の礼を不違の容也。然れば坐を立んと欲せば、手足をくつろげ前後左右を顧、其可立の節を考へて、爰に立べし。立ざる前に立べきの心得をなす、これ立の威儀也。思にまかせ気に従て立ときは、或は立んとして手足痿痺、或は傾倒して左右に無礼をなし、立といへども其礼不正也。立て其容不正ときは、久しく居がたし。物を捧げ持て必ず傾曲す。立ものは行走るべし。立こと不端ば、行歩不正べし。是立の容を正しくするの謂也。進退周旋、先づ立容をあらため、腰をすゑ、元気を張り、臍を固くし、肩を平にし、背を正しからしむ。是皆立の容也。
書き下し
次に立容あり。是容貌の既に動也。玉藻に曰、立容弁卑毋讇、自貶卑謂磬折、讇為傾身以下、頭頸必中山立、不動揺也時行といへり。容経に固頤正視、平肩正背、臂如抱鼓、足間二寸、端面摂纓、端股整足、休不揺肘、曰経立、因以微磬曰共立、因以磬折曰粛立、因以垂佩曰卑立、立容と出せり。曲礼曰、立如斉。又曰、立容徳とあり。是立の礼を不違の容也。然れば坐を立んと欲せば、手足をくつろげ前後左右を顧、其可立の節を考へて、爰に立べし。立ざる前に立べきの心得をなす、これ立の威儀也。思にまかせ気に従て立ときは、或は立んとして手足痿痺、或は傾倒して左右に無礼をなし、立といへども其礼不正也。立て其容不正ときは、久しく居がたし。物を捧げ持て必ず傾曲す。立ものは行走るべし。立こと不端ば、行歩不正べし。是立の容を正しくするの謂也。進退周旋、先づ立容をあらため、腰をすゑ、元気を張り、臍を固くし、肩を平にし、背を正しからしむ。是皆立の容也。
現代語訳
次に立つ容がある。これは容貌がすでに動いたものである。玉藻篇に「立つ容は卑くへりくだっても諂ってはならない(自ら身を低くするのを磬折といい、諂うとは身を傾けて下げることである)。頭頸は必ず中正に、山のように立ち(揺るがない)、時に応じて行う」とある。『容経』に「あごを引き締めて正面を視、肩を水平にし背を正し、臂は鼓を抱くようにし、足の間は二寸、顔を正して冠の紐を整え、股を正し足をそろえ、休むときも肘を揺らさない。これを経立という。少し身をかがめるのを共立、深く身を折るのを粛立、佩び物が垂れるほどかがめるのを卑立という(立の容)」と出ている。曲礼篇に「立つときは斎戒しているときのように」とあり、また「立つ容は徳あるさまに」とある。これが立つ礼にたがわない容である。それゆえ坐から立とうとするなら、手足をくつろげ、前後左右を見回し、立ってよい頃合いを考えてから立つべきである。立つ前に立つための心得をする、これが立つ威儀である。思いのまま気のままに立つと、立とうとして手足がしびれていたり、よろけて左右の人に無礼をしたりして、立ったとしてもその礼は正しくない。立ってその容が正しくなければ、長く立っていられない。物を捧げ持てば必ず傾き曲がる。立つ者は歩き走るものである。立つことが端正でなければ、歩みも正しくならない。これが立つ容を正しくするということである。進退や身のこなしでは、まず立つ容を改め、腰を据え、元気を張り、臍下を固め、肩を水平にし、背を正しくする。これらはみな立つ容である。
解説
この章句が説くこと
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