山鹿語類 / 士道・愼容貌之動
師嘗曰。容貌は天命の性心を入るゝ處の器地、內の思ひ不正ときは、容貌こゝに傾て、其表外にいちじるし。容貌をたゞさんとならば、內に思ふ所を可糾明也。思內にあつて色表にあらはれ、內外表裏本末一貫の天然なれば、更に差別を不可存也。古の君子容貌をつゝしみて、威儀の則りをつまびらかにすること、尤可案禮。禮曰、君子之容遲舒といへり。遲舒はいそがはしからず、閑にをもむろなるの謂也。少儀曰、賓客主恭、祭祀主敬、喪事主哀、會同主詡、言語敏大而有勇也軍旅思險、隱情以虞といへり。是外の容貌、其あらはるゝ處、各內の思を主とするを以て、內の思を其事物に因て糾明して、正しからしむる時は、容貌こゝに相叶べき也。單襄公曰、君子目以定躰、足以從之、是以觀其容而知其心と也。容をはなれて心を置くべき處あらざれば也。而して容貌各其時をはかり、其處により、其事物にをいて相變ず。賈誼が容經に、容有四起、朝廷之容、師々然、翼々然、整以敬、祭祀之容、遂々然、粥々然、敬以婉、軍旅之容、湢然、肅然、固以猛、喪紀之容、怮然、懾然、若不還といへり。是古來容貌を詳にするの謂なり。
新字:師嘗曰。容貌は天命の性心を入るゝ処の器地、内の思ひ不正ときは、容貌こゝに傾て、其表外にいちじるし。容貌をたゞさんとならば、内に思ふ所を可糾明也。思内にあつて色表にあらはれ、内外表裏本末一貫の天然なれば、更に差別を不可存也。古の君子容貌をつゝしみて、威儀の則りをつまびらかにすること、尤可案礼。礼曰、君子之容遅舒といへり。遅舒はいそがはしからず、閑にをもむろなるの謂也。少儀曰、賓客主恭、祭祀主敬、喪事主哀、会同主詡、言語敏大而有勇也軍旅思険、隠情以虞といへり。是外の容貌、其あらはるゝ処、各内の思を主とするを以て、内の思を其事物に因て糾明して、正しからしむる時は、容貌こゝに相叶べき也。単襄公曰、君子目以定体、足以従之、是以観其容而知其心と也。容をはなれて心を置くべき処あらざれば也。而して容貌各其時をはかり、其処により、其事物にをいて相変ず。賈誼が容経に、容有四起、朝廷之容、師々然、翼々然、整以敬、祭祀之容、遂々然、粥々然、敬以婉、軍旅之容、湢然、粛然、固以猛、喪紀之容、怮然、懾然、若不還といへり。是古来容貌を詳にするの謂なり。
書き下し
師嘗曰。容貌は天命の性心を入るゝ処の器地、内の思ひ不正ときは、容貌こゝに傾て、其表外にいちじるし。容貌をたゞさんとならば、内に思ふ所を可糾明也。思内にあつて色表にあらはれ、内外表裏本末一貫の天然なれば、更に差別を不可存也。古の君子容貌をつゝしみて、威儀の則りをつまびらかにすること、尤可案礼。礼曰、君子之容遅舒といへり。遅舒はいそがはしからず、閑にをもむろなるの謂也。少儀曰、賓客主恭、祭祀主敬、喪事主哀、会同主詡、言語敏大而有勇也軍旅思険、隠情以虞といへり。是外の容貌、其あらはるゝ処、各内の思を主とするを以て、内の思を其事物に因て糾明して、正しからしむる時は、容貌こゝに相叶べき也。単襄公曰、君子目以定体、足以従之、是以観其容而知其心と也。容をはなれて心を置くべき処あらざれば也。而して容貌各其時をはかり、其処により、其事物にをいて相変ず。賈誼が容経に、容有四起、朝廷之容、師々然、翼々然、整以敬、祭祀之容、遂々然、粥々然、敬以婉、軍旅之容、湢然、粛然、固以猛、喪紀之容、怮然、懾然、若不還といへり。是古来容貌を詳にするの謂なり。
現代語訳
先生はかつてこう言われた。容貌は、天から授かった本性と心を入れておく器である。内の思いが正しくないと、容貌もそれにつれて傾き、その表れが外にはっきり出る。容貌を正そうとするなら、内に思うところを糾し明らかにすべきである。思いが内にあれば顔色が外に表れる。内と外、表と裏、本と末が一貫しているのが自然のありようなのだから、両者を別物と考えてはならない。古の君子が容貌を慎み、威儀の規範を詳しく定めたことは、とりわけ礼に照らして考えるべきである。『礼記』は「君子の容は遅舒である」と言う。遅舒とは、せかせかせず、静かにおもむろであることをいう。『礼記』少儀篇は「賓客には恭しさを主とし、祭祀には敬を主とし、喪事には哀しみを主とし、会同には言葉をはっきりさせることを主とし(言語は敏くして大きく、勇がある)、軍旅では危険を思い、情を隠して備える」と言う。これは、外の容貌の表れ方がそれぞれ内の思いを主とするのだから、内の思いをその事柄に即して糾し正しくすれば、容貌もおのずとそれにかなうということである。単襄公(春秋時代の周の卿)は「君子は目で体の向きを定め、足がそれに従う。だからその容を見ればその心がわかる」と言った。容を離れて心を置く場所はないからである。そして容貌は、それぞれの時をはかり、場所により、事柄に応じて変わる。賈誼(前漢の学者)の『容経』に「容には四つの起こりがある。朝廷の容は、師々然・翼々然として、整って敬しむ。祭祀の容は、遂々然・粥々然として、敬しんで穏やかである。軍旅の容は、湢然・粛然として、固く猛々しい。喪紀の容は、怮然・懾然として、帰らぬ人を思うようである」とある。これは古来、容貌を詳しく論じてきたことを示している。
解説
この章句が説くこと
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