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山鹿語類 / 士道・詳事物

德は本天德、仁義は人の道なれば、誰か是に不由ものあらん。德をねり仁義に據と云とも、事物の品々にして天文のあらはれ、地理の形すること、二氣妙合の間より變じて、千差万別たる處をつくさゞれば、事に處するの道不自由にして、其才能三才に不通也。君父につかへ自ら修むるの間皆如此。大丈夫一世の民を救ひ、功を万代に立て、天地の德をたすけ、聖人の誠を盡す處、唯此德を立て才を全くするに有べし。さればいみじき天子の無上位と云へども、賤しきしづ山がつの業まで具にしろしめし不給しては、天が下の政に怠ありぬべし。唐堯虞舜の聖帝も、羲和羲仲羲叔和中和叔に命じて天の時を詳ならしめ、禹に命じて水土を平、稷に命じて百穀を播施さしめて地の利を具にし、伯禹を司空たらしめ、益を以て虞官たらしめて、草木鳥獸をしたがはしむ。如此の事物詳に究めずんば不可有也。

新字:徳は本天徳、仁義は人の道なれば、誰か是に不由ものあらん。徳をねり仁義に拠と云とも、事物の品々にして天文のあらはれ、地理の形すること、二気妙合の間より変じて、千差万別たる処をつくさゞれば、事に処するの道不自由にして、其才能三才に不通也。君父につかへ自ら修むるの間皆如此。大丈夫一世の民を救ひ、功を万代に立て、天地の徳をたすけ、聖人の誠を尽す処、唯此徳を立て才を全くするに有べし。さればいみじき天子の無上位と云へども、賤しきしづ山がつの業まで具にしろしめし不給しては、天が下の政に怠ありぬべし。唐堯虞舜の聖帝も、羲和羲仲羲叔和中和叔に命じて天の時を詳ならしめ、禹に命じて水土を平、稷に命じて百穀を播施さしめて地の利を具にし、伯禹を司空たらしめ、益を以て虞官たらしめて、草木鳥獣をしたがはしむ。如此の事物詳に究めずんば不可有也。

書き下し

徳は本天徳、仁義は人の道なれば、誰か是に不由ものあらん。徳をねり仁義に拠と云とも、事物の品々にして天文のあらはれ、地理の形すること、二気妙合の間より変じて、千差万別たる処をつくさゞれば、事に処するの道不自由にして、其才能三才に不通也。君父につかへ自ら修むるの間皆如此。大丈夫一世の民を救ひ、功を万代に立て、天地の徳をたすけ、聖人の誠を尽す処、唯此徳を立て才を全くするに有べし。さればいみじき天子の無上位と云へども、賤しきしづ山がつの業まで具にしろしめし不給しては、天が下の政に怠ありぬべし。唐堯虞舜の聖帝も、羲和羲仲羲叔和中和叔に命じて天の時を詳ならしめ、禹に命じて水土を平、稷に命じて百穀を播施さしめて地の利を具にし、伯禹を司空たらしめ、益を以て虞官たらしめて、草木鳥獣をしたがはしむ。如此の事物詳に究めずんば不可有也。

現代語訳

徳はもともと天の徳であり、仁義は人の道であるから、誰がこれによらないことがあろうか。しかし徳を練り仁義をよりどころとするといっても、事物の品々、天文の現れ方、地理の形が、陰陽二気の妙なる結合の間から変化して千差万別になっているところを尽くさなければ、事に処する道は不自由で、その才能は天・地・人の三才に通じない。主君と父に仕え、自ら修める間のことは、すべてこのとおりである。男子が一世の民を救い、功を万代に立て、天地の徳を助け、聖人の誠を尽くすところは、ただこの徳を立てて才を全うすることにあるはずだ。だから尊い天子の最上の位にあっても、卑しい木こりや山の民の仕事まで詳しく知っておられなければ、天下の政に怠りが生じてしまう。唐堯・虞舜の聖帝も、羲和・羲仲・羲叔・和仲・和叔に命じて天の時を詳しくさせ、禹に命じて水と土を平らかにし、稷に命じて百穀をまかせて地の利を詳しくし、伯禹を司空とし、益を虞官(山林の官)として、草木鳥獣を従わせた。このように事物を詳しく究めなければならないのである。

解説

徳と仁義だけでは足りず、天文・地理・事物の千差万別を知り尽くしてはじめて才が三才に通じると説く章句である。尚書の堯典・舜典を踏まえ、堯舜が暦官や禹・稷・益にそれぞれの領分を任せて天の時と地の利を詳しくした例を挙げる。天子でも山の民の業まで知らなければ政に怠りが出るという言い方は、徳目偏重の儒学に対する実学的な批判である。現代の経営者や管理職にとっても、現場の仕事の具体を知らずに方針だけを語れば判断を誤るという戒めになる。

この章句が説くこと

徳才事物実学三才尚書

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