山鹿語類 / 士道・安命
されば松は同じく松にして、高砂の松、住の江の松と、高下山河はるかに隔たる地に生ず。而して或は高きによつて賞せられ、或はひくきにかくれて人にしられず。其所定天の命にして、人のわざにあらず。大丈夫常に此天命に安んじて、富貴と云どもほこる不可。是天の命也。己れが作爲にあらざれば也。貧賤と云ども、耻にくむ不可。是天の命にして、己が不得已所也。しかるときは、貧富貴賤はともに心の付く所にあらず。年寒して初めて靑松の潤壑に獨りひさしき時、其存心する所の剛操もあらはれつべき也。命に安んぜずしては、しいて妄動し妄作せん事、大丈夫の甚可愼處也。人各好惡によつて此心を放亡して、惑日に益すべし。今安命を以て存心の工夫と致すは、このゆゑにや。
新字:されば松は同じく松にして、高砂の松、住の江の松と、高下山河はるかに隔たる地に生ず。而して或は高きによつて賞せられ、或はひくきにかくれて人にしられず。其所定天の命にして、人のわざにあらず。大丈夫常に此天命に安んじて、富貴と云どもほこる不可。是天の命也。己れが作為にあらざれば也。貧賤と云ども、耻にくむ不可。是天の命にして、己が不得已所也。しかるときは、貧富貴賤はともに心の付く所にあらず。年寒して初めて青松の潤壑に独りひさしき時、其存心する所の剛操もあらはれつべき也。命に安んぜずしては、しいて妄動し妄作せん事、大丈夫の甚可慎処也。人各好悪によつて此心を放亡して、惑日に益すべし。今安命を以て存心の工夫と致すは、このゆゑにや。
書き下し
されば松は同じく松にして、高砂の松、住の江の松と、高下山河はるかに隔たる地に生ず。而して或は高きによつて賞せられ、或はひくきにかくれて人にしられず。其所定天の命にして、人のわざにあらず。大丈夫常に此天命に安んじて、富貴と云どもほこる不可。是天の命也。己れが作為にあらざれば也。貧賤と云ども、耻にくむ不可。是天の命にして、己が不得已所也。しかるときは、貧富貴賤はともに心の付く所にあらず。年寒して初めて青松の潤壑に独りひさしき時、其存心する所の剛操もあらはれつべき也。命に安んぜずしては、しいて妄動し妄作せん事、大丈夫の甚可慎処也。人各好悪によつて此心を放亡して、惑日に益すべし。今安命を以て存心の工夫と致すは、このゆゑにや。
現代語訳
それゆえ、松は同じ松であっても、高砂の松、住の江の松と、高い低い、山と川と、はるかに隔たった地に生える。そしてあるものは高いところにあるので賞でられ、あるものは低いところに隠れて人に知られない。その所が定まるのは天の命であって、人のわざではない。大丈夫は常にこの天命に安んじて、富貴であっても誇ってはならない。それは天の命であって、自分の作為ではないからである。貧賤であっても、恥じ憎んではならない。それは天の命であって、自分ではどうにもならないところだからである。そうであるなら、貧富・貴賤はともに心を寄せるところではない。年が寒くなってはじめて青い松が谷間にひとり長く緑を保つとき、その心を保つところの剛い節操もあらわれるはずである。命に安んじないで、強いて妄りに動き妄りに作為することは、大丈夫がもっとも慎むべきところである。人はそれぞれ好き嫌いによってこの心を放し失い、惑いが日に増していくだろう。いま安命を心を保つ工夫とするのは、このためであろうか。
解説
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『山鹿語類』士道・安命師曰。人の苦しむ所は、死亡禍難貧賤孤独也。人の楽む所は此うら也。苦しむときは、是が為めに心不安、楽時は是がために又心変ず。故に憂喜に当て其所志変じ、心こゝに不存は尋常の情也。大丈夫此時にをいて心を存する、是富貴貧賤にうつらざるの謂也。易曰。沢無水困也。君子以致命遂志。又曰。山上有水蹇也。君子以反身修徳といへる、是困究の時にあたり、艱難之事に遇て、君子安命の心得也。凡そ命と指処は、人の造為して不叶、天自然に其形をなし、其理其事あらしむる、是を命と云へり。天生蒸民、有物有則と云は、是物々各其命ある事を云へるにも可叶也。されば命は朱子註して天命と号す。命は猶令と云へり。程子曰。君子当困究之時。尽其防慮之道。而不得免。則命也といへる。各天の所為にして、人の不能のゆへん也。孔子曰。五十而知天命。又曰。不知命。無以為君子也。孟子曰。莫非命也。順受其正とある事、人として天命に安んずる処あらざれば、此妄動妄作して実地を蹈む事不能と云へる也。
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『山鹿語類』士道・安命凡そ人の世に立事は、第一に時をうるにあるべし。第二に其秀でつべき家に生るゝにあり。第三に其人其時に相応の気質あるもの也。此三段相叶ふて、初めて時をうるになれり。此三つ一つとして我作為しつべき処なし。唯天然自然のことわり也。その間少の才覚を以て、少しの富をうることありと云へども、五十歩百歩のたがひ計りにして、貧富所をかゆるに至る不可也。孔子曰。富而可求也。雖執鞭之士。吾亦為之。如不可求。従吾所好との玉へるは、富求めて可得んば、身に不似合役義なりと云とも、不辞してつとめつべし、左つとめても不叶ものとならば、天の命の有ることなれば、唯我好む所の義理に可安の心也。
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『楽訓』巻之下・後論一同じく人と生れて、富貴なる人あり、貧賤なる人あり、其高下の品誠に多し。富貴なる人は、おごらずして人をめぐむを楽とすべし。乞丐も生れつきたる分ありて、定まりたる事をさとり、分をやすんじて楽むべし。たとへば松は高き事数十尺にいたり、平地木はひきき事数寸に過ぎず。同じく樹木となれど、長短各ことなれるは、生れつき定まればなり。きはめて貧しき人も、我が分のひききを安んじて、うれふべからず。生れつかざる富貴を羨むべからず。又世には、我ほどもなき人多し。それより下なる人を見て、我が分を楽むべし。上を羨むべからず。又同じく人と生れたれども、長寿なる人あり、短命なる人あり。長き短き其品多くして、あげて数へがたし。
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『楽訓』巻之下・後論富貴をきはめて、万の事心のままなる人も、唯命のさいはひのみ心にかなはず。されども是また生れつきて天命の定まれる所なれば、みじかしとて悲むべき理にあらず。此理に達し、天命を楽みて、身ををはるべし。死ぬる時、もし苦みかなしまば、平生楽めりとも、かひなかるべし。をはりを慎むべし。たとへば松は千年をたもち、槿花は唯一日のみ。長短各ことなり。是生れつきて定まれる分あれば、みじかきは長きを羨むべからず、各其分を安んずべし。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制爰を以て非常のことに逢とも、居宅の制正しからんには、己れが威儀更にたがふべからず。家宅其制をみだり、用法理を不究して、其情のまゝにことをかまへ用をなすがゆゑに、変起て心みだれ、威儀を失ふに至りぬべし。たま〳〵兀然として世事を軽んじ、変にあひ火難にあふても是命也といはん輩あつて、威儀を不失といへども、是唯不格致して、口に天命を云異端の空見也。威儀を不失と云へども強いて其説をなす也。不足用。君子大丈夫は始より終りに至るまで、皆天地の準縄によるを以て、宮室を営作すれば、水土をかんがへ、空地をはかり、天の時人事の用相ならべて爰に其制を全くするなれば、命を不云して其家宅を詳にし其守禦を詳にす。守禦詳にして不得已の時以て命に帰す。故に居宅の制を厳にして、平生の威儀正しく、処変して其理こまやか也。是居宅において威儀の説ある故也。
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