山鹿語類 / 士道・論養氣
師嘗曰。人の氣質に天資あり。云心は天然と生れ付て其質宜しく、又其質暗あり。是を天姿と云也。されば虎は生れながら表をあらはし、凰凰は自然に五色の色取あり。驥は不習して千里をかけり、鶴は雛にして六翮をそなふ。白玉は不琢して光りあり。黄金は自ら瓦石より炳る。是各天然の質にして、聊造作する所なし。人又如此生れ付て其宜しき所あるもの也。然れども養ひ存する處あらざるの輩は、一方は明月白日の如くなれども、又一方に黑闇無差別の處出來るものなり。故に人々我得たる所を置て、其くらき所を養て、氣禀を今日に變化せしめずしては、人の人たらざる也。
新字:師嘗曰。人の気質に天資あり。云心は天然と生れ付て其質宜しく、又其質暗あり。是を天姿と云也。されば虎は生れながら表をあらはし、凰凰は自然に五色の色取あり。驥は不習して千里をかけり、鶴は雛にして六翮をそなふ。白玉は不琢して光りあり。黄金は自ら瓦石より炳る。是各天然の質にして、聊造作する所なし。人又如此生れ付て其宜しき所あるもの也。然れども養ひ存する処あらざるの輩は、一方は明月白日の如くなれども、又一方に黒闇無差別の処出来るものなり。故に人々我得たる所を置て、其くらき所を養て、気禀を今日に変化せしめずしては、人の人たらざる也。
書き下し
師嘗曰。人の気質に天資あり。云心は天然と生れ付て其質宜しく、又其質暗あり。是を天姿と云也。されば虎は生れながら表をあらはし、凰凰は自然に五色の色取あり。驥は不習して千里をかけり、鶴は雛にして六翮をそなふ。白玉は不琢して光りあり。黄金は自ら瓦石より炳る。是各天然の質にして、聊造作する所なし。人又如此生れ付て其宜しき所あるもの也。然れども養ひ存する処あらざるの輩は、一方は明月白日の如くなれども、又一方に黒闇無差別の処出来るものなり。故に人々我得たる所を置て、其くらき所を養て、気禀を今日に変化せしめずしては、人の人たらざる也。
現代語訳
先生はかつてこう言われた。人の気質には天資(生まれつきの資質)がある。その心は、生まれつき質がよいものもあれば、質が暗いものもある。これを天資と言うのである。たとえば虎は生まれながら模様を表し、鳳凰は自然に五色の彩りがある。名馬は習わずに千里を駆け、鶴は雛のうちから大きな翼を備えている。白玉は磨かなくても光があり、黄金は自然に瓦や石の中から輝き出る。これらはそれぞれ天然の質であって、少しも作為するところがない。人もまたこのように生まれつきよいところがあるものである。けれども養い保つところがない者は、一方は明月や白日のように明るくても、また一方に真っ暗で見分けのつかないところができるものである。だから人はそれぞれ、自分の得意なところは置いておいて、その暗いところを養い、気質を今日のうちに変化させなければ、人が人らしくならないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『山鹿語類』士道・論養氣養と云は、我天質の気の過不及を考へはかつて、其過ぎたるを損し、其不及をそだて、事物の間にをいて動静宜きに相かなふが如く可仕也。是日用之工夫也。人の一身五行を以て相成る。其きわまる処は水火の二義に落。水は血にして重く、火は気にして軽し。是気血の二を以て営衛として身体全し。水は火に因てめぐり、火は水に因て或は消し或は激す。而して水は常に湿に付、火は常に燥くに付て、其本体昇降差別あり。故に人の気必ずあがりやすく、軽く動きやすし。此処を丁簡して、気を養て其めぐる処を順和せしめ、其動く処を妄りならしめざれば、動静処を得て、気に虚妄なきを以て、心これがために妄動放心する事不可有也。
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『山鹿語類』士道・論養氣孟子我善養浩然之気と論ぜり。浩然の気と云ものは、孟子も難言と述べられたるが故に、今以て如此と云に処なし。唯心は気に因て或は動揺し、或は困苦するものなれば、此処を能く心得て、常に道義を以て是を養て、気の不饑が如くならしむるにありと可知。此の気を養ひ得るときは、至大至剛にして、能く万物の上に伸びて、物に屈する処あるべからざる也。心は気に因るがゆへに、気能静なる時は心則静也。気動ずるときは心こゝに動ず。是心気不両様を以て、更にへだゝる所なし。心は内にして、気は外に動ずるものなれば、先づ気を養ひ得るを修身存心の本とすべき也。
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『徂徠先生答問書』卷中一御気質悪敷候由、殊の外気の毒に思召候由被仰下候。己が非を知ると申候は能事に候得共、余りに気質を気の毒に存候事は不宜儀に存候。気質は天より禀得、父母よりうみ付候事に候。気質を変化すると申候事は宋儒の妄説にて、ならぬ事を人に責候無理の至に候。気質は何としても変化はならぬ物にて候、米はいつ迄も米、豆はいつまでも豆にて候。只気質を養ひ候て、其生れ得たる通りを成就いたし候が学問にて候。たとへば米にても豆にても、その天性のまゝに実いりよく候様にこやしを致したて候ごとくに候。しいなにては用に立不申候。されば世界の為にも、米は米にて用にたち、豆は豆にて用に立申候、米は豆にはならぬ物に候。豆は米にはならぬ物に候。宋儒の説のごとく気質を変化して渾然中和に成候はゞ、米ともつかず豆ともつかぬ物に成たきとの事に候や。それは何の用にも立申間敷候。
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荀子・修身篇気を治め心を養うの術は、血気剛強なれば、則ち之を柔らぐるに調和を以てし、知慮漸深なれば、則ち之を一にするに易良を以てし、勇胆猛戻なれば、則ち之を輔くるに道順を以てし、斉給便利なれば、則ち之を節するに動止を以てし、狭隘褊小なれば、則ち之を廓くするに広大を以てし、卑湿重遅にして利を貪らば、則ち之を抗ぐるに高志を以てし、庸衆駑散なれば、則ち之を劫かすに師友を以てし、怠慢僄棄なれば、則ち之を炤らすに禍災を以てし、愚款端愨なれば、則ち之を合するに礼楽を以てし、之に通ずるに思索を以てす。凡そ気を治め心を養うの術は、礼に由るより径きは莫く、師を得るより要なるは莫く、一を好むより神なるは莫し。夫れ是れを之れ気を治め心を養うの術と謂うなり。
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『山鹿語類』士道・度量我に気を養所うすくして、大丈夫の本意不立時は、利害好悪に付て心こゝに動き、気こゝに妄作して、真を失べし。人皆物にあたつてせく処出来る事は、気妄動して処を失を以て也。妄動するときは、知これがためにかくれて、所為皆妄作也。更に寛広の処なし。大丈夫生死一大事の地に臨み、白刄を蹈、劒戟をほとばしらしめて、剛操の節をあらはし、臨大事決大議垂紳正笏不動声色而措天下於泰山之安と云へける文武の大用は度量の間に可存也。
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言志四録・言志後録 第百五十二条 土気と習気人の気質は土気習気を混合す。須らく識別すべし。土気は、其の地気の結聚に由る者にして、竟に是れ主気なり。習気は、其の習俗の滲染に縁る者にして、原是れ客気なり。客は逐ふべくして主は逐ふべからず。故に変化し易き者は習気、変化し易からざる者は土気なり。土気は止だ之を順導して、其の過不及を去るのみ。
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