荀子 / 修身篇
治氣養心之術:血氣剛強,則柔之以調和;知慮漸深,則一之以易良;勇膽猛戾,則輔之以道順;齊給便利,則節之以動止;狹隘褊小,則廓之以廣大;卑溼重遲貪利,則抗之以高志;庸眾駑散,則劫之以師友;怠慢僄棄,則炤之以禍災;愚款端愨,則合之以禮樂,通之以思索。凡治氣養心之術,莫徑由禮,莫要得師,莫神一好。夫是之謂治氣養心之術也。
新字:治気養心之術:血気剛強,則柔之以調和;知慮漸深,則一之以易良;勇胆猛戻,則輔之以道順;斉給便利,則節之以動止;狭隘褊小,則廓之以広大;卑湿重遅貪利,則抗之以高志;庸衆駑散,則劫之以師友;怠慢僄棄,則炤之以禍災;愚款端愨,則合之以礼楽,通之以思索。凡治気養心之術,莫径由礼,莫要得師,莫神一好。夫是之謂治気養心之術也。
書き下し
気を治め心を養うの術は、血気剛強なれば、則ち之を柔らぐるに調和を以てし、知慮漸深なれば、則ち之を一にするに易良を以てし、勇胆猛戻なれば、則ち之を輔くるに道順を以てし、斉給便利なれば、則ち之を節するに動止を以てし、狭隘褊小なれば、則ち之を廓くするに広大を以てし、卑湿重遅にして利を貪らば、則ち之を抗ぐるに高志を以てし、庸衆駑散なれば、則ち之を劫かすに師友を以てし、怠慢僄棄なれば、則ち之を炤らすに禍災を以てし、愚款端愨なれば、則ち之を合するに礼楽を以てし、之に通ずるに思索を以てす。凡そ気を治め心を養うの術は、礼に由るより径きは莫く、師を得るより要なるは莫く、一を好むより神なるは莫し。夫れ是れを之れ気を治め心を養うの術と謂うなり。
現代語訳
気を整え心を養う方法はこうである。血気が強く荒々しい者は、調和によってやわらげる。考えが深く沈み込みすぎる者は、平明で素直なやり方によって一つにまとめる。勇ましく荒っぽい者は、道理に従うことによって助け導く。すばやく機敏すぎる者は、動くべきときと止まるべきときを教えて節度をつける。狭量で了見の小さい者は、大きな視野によって広げてやる。気持ちが沈み、鈍く、利益をむさぼる者は、高い志によって引き上げる。凡庸で怠けて散漫な者は、師や友によって奮い立たせる。だらけて投げやりな者は、災いの起こることを示して目を覚まさせる。愚直でばか正直な者は、礼と楽によって整え、思索によって道理に通じさせる。およそ気を整え心を養う方法として、礼に従うことより近道はなく、よい師を得ることより肝要なことはなく、一つのことを好んで打ち込むことよりすぐれたはたらきはない。これを気を整え心を養う方法というのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之一心は隠微の中に在りて、未だ形迹の著るること有らず。之を操ること難し。情に発して後に迹有りて、善悪著る。此に於て操りて存すべし。情は気に由りて発す。故に正心の道は、養気に在り。養気とは、動静語黙、人に接し事に応ずるに、常に和平なるを要す。和平の道は、所謂其の志を持して其の気を暴ふこと勿きに在るのみ。大率日用常行の際、己を修め人に接するの道は、温恭を以て基と為す。堯は允恭克譲、舜は温恭允塞、夫子は温良恭倹譲、燕居申申夭夭。詩に曰く、温温たる恭人、惟れ徳の基と。管子弟子職に曰く、温恭自ら虚しくすと。聖賢の行ふ所、皆是れ這件の事なり。夫れ人の一身、心固より主為り、而して気専ら事を用ふ。故に七情思慮視聴言動、皆気の為す所なり。之を養ふに節を以てせざるべからず。若し其の気を暴へば、則ち其の道を失ふと為す。故に平生温恭和平にして以て気を養ふは、是れ即ち心を養ふ所以にして、心を養ふと気を養ふとは、二事に非ざるなり。
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『慎思録』巻之一子の燕居するや、申申如たり、夭夭如たり。蓋し聖人を学ばんと欲する者は、須らく従容和楽を要すべし。是れ儒者平日の気象、宜しく此くの如くなるべし。心体は本隠微にして、未だ形迹に著れざれば、則ち執持すべからず。志は是れ心の之く所、気は体の充なり。人心の動静、気に資らざること無し。若し其の気を暴へば、則ち志も亦持し難くして、心体も亦之が為に動く。故に曰く、其の志を持して、其の気を暴ふこと勿かれと。此れ気を養ふの工夫にして、乃ち志を持し心を存するの道なり。蓋し心を養ふを以て主意と為し、気を和らぐるを以て工夫と為す。故に心を養ふの道は、気を養ふに在り。気を養ふの方は、和平にして暴ふこと無きを以て勤めと為す。此れ日用常行の緊要にして、学者の急務為り。然り而して後の学者、之を以て緊要と為すことを知らず。故に此の工夫を為す者極めて鮮し。今の学者、平日の気象言貌、都て是れ其の気を暴ふの事なり。且つ其の人に接するや、一言旨に忤ひ、一事合はざれば、則ち睚眦して怒りを発し、厲気払戻す。凡そ言行、気を使ふを以て尚しと為す者は、儒者の気象と為すべからず。明道の人に接するや、一団の和気、春風の中に坐せるが如し。是れ其の気を暴ふこと無きの至りなり。大賢の気象は、学者の当に則と為すべき所なり。
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荀子・修身篇扁く善なるの度、以て気を治め生を養なわば、則ち彭祖に後れ、以て身を脩め名を自らにせば、則ち堯・禹に配す。時に宜しくして通じ、利ありて以て窮に処る、礼信是れなり。凡そ血気・志意・知慮を用うるに、礼に由れば則ち治通し、礼に由らざれば則ち勃乱提僈す。食飲・衣服・居処・動静、礼に由れば則ち和節し、礼に由らざれば則ち触陥して疾を生ず。容貌・態度・進退・趨行、礼に由れば則ち雅なり、礼に由らざれば則ち夷固・僻違、庸衆にして野なり。故に人は礼無ければ則ち生きず、事は礼無ければ則ち成らず、国家は礼無ければ則ち寧からず。詩に曰く、「礼儀卒に度あり、笑語卒に獲たり」とは、此れを之れ謂うなり。
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荀子・修身篇礼なる者は、身を正す所以なり。師なる者は、礼を正す所以なり。礼無くんば何を以て身を正さん。師無くんば吾れ安くんぞ礼の是と為すを知らん。礼然りとして然りとせば、則ち是れ情、礼に安んずるなり。師云いて云わば、則ち是れ知、師の若きなり。情、礼に安んじ、知、師の若くならば、則ち是れ聖人なり。故に礼を非とするは、是れ法無きなり。師を非とするは、是れ師無きなり。師法を是とせずして自ら用うるを好むは、之を譬うれば是れ猶お盲を以て色を弁じ、聾を以て声を弁ずるがごとし。乱妄を舎きて為す無きなり。故に学ぶ者は、礼法なり。夫れ師は、身を以て正儀と為して、自ら安んずるを貴ぶ者なり。詩に云う、「識らず知らず、帝の則に順う」とは、此れを之れ謂うなり。
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『慎思録』巻之一心を平らかにし気を和らぐるは、是れ身を養ひ徳を養ふの工夫なり。気を養ひて暴ふこと無きの工夫は、温恭和順、従容として迫らず、声色を動かさざるに在り。気を養ふこと此くの如くなれば、以て其の楽しみを失はざるべし。温恭の二字、経伝多く之を言ふ。是れ善を為すの初めなり。苟も是くの如くならざれば、則ち善を為すこと能はず。人に接するの道、当に是くの如くなるべし。
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『慎思録』巻之四養気の道は、先づ息を調ふるに在り。息調へば則ち気養ひを得て、心も亦た平らかなるべし。気息躁急なれば、則ち心も亦た躁急なり。故に心を平らかにし気を和らぐるは、気息を調ふるを以て要と為す。言を発し事を做すに、従容として迫らざれば、則ち気息舒緩なり。是れ心を平らかにし気を和らぐるの工夫なり。然らば則ち息を調へ気を和らぐるを以て、術者の事と為して之を鄙棄すべからず。
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