和俗童子訓 / 巻之五・教女子法
一凡婦人の心ざまの惡しき病は、和順ならざると、怒り恨むると、人を謗ると、物を妬むと、不智なるとにあり。凡此五の病は、婦人に十人に七八は必あり。是婦人の男子に及ばざる所なり。自かへりみ戒めて、改め去るべし。此五の病の内にて、殊更不智を重しとす。不智なる故に、五の病起る。婦女は陰性なり。陰は夜に屬して闇し。故に女子は男子にくらぶるに、智少なくして、目の前なる然るべき理をも知らず、又人の謗るべき事を辨へず、我が身、我が夫、我が子の禍となるべき事を知らず、罪もなき人を恨み怒り、或はのろひとこひ、人を惡みて、我が身ひとり立てんと思へど、人通に惡まれうとまれて、皆我が身の仇となる事を知らず、いとはかなく淺まし。子を愛寵すといへど姑息し、義方の敎を知らず、私愛深くして、かへりて子をそこなふ。斯く愚なるゆゑ、年旣に長じて後は、よき道を以て敎へ悟らしめ難し。唯其甚しきをおさへ戒むべし。事每に道理を以て責め難し。故に女子は、殊に幼き時より早く能く道を敎へ、惡しきわざを戒めならはしむべからず。
新字:一凡婦人の心ざまの悪しき病は、和順ならざると、怒り恨むると、人を謗ると、物を妬むと、不智なるとにあり。凡此五の病は、婦人に十人に七八は必あり。是婦人の男子に及ばざる所なり。自かへりみ戒めて、改め去るべし。此五の病の内にて、殊更不智を重しとす。不智なる故に、五の病起る。婦女は陰性なり。陰は夜に属して闇し。故に女子は男子にくらぶるに、智少なくして、目の前なる然るべき理をも知らず、又人の謗るべき事を弁へず、我が身、我が夫、我が子の禍となるべき事を知らず、罪もなき人を恨み怒り、或はのろひとこひ、人を悪みて、我が身ひとり立てんと思へど、人通に悪まれうとまれて、皆我が身の仇となる事を知らず、いとはかなく浅まし。子を愛寵すといへど姑息し、義方の教を知らず、私愛深くして、かへりて子をそこなふ。斯く愚なるゆゑ、年既に長じて後は、よき道を以て教へ悟らしめ難し。唯其甚しきをおさへ戒むべし。事毎に道理を以て責め難し。故に女子は、殊に幼き時より早く能く道を教へ、悪しきわざを戒めならはしむべからず。
書き下し
一凡婦人の心ざまの悪しき病は、和順ならざると、怒り恨むると、人を謗ると、物を妬むと、不智なるとにあり。凡此五の病は、婦人に十人に七八は必あり。是婦人の男子に及ばざる所なり。自かへりみ戒めて、改め去るべし。此五の病の内にて、殊更不智を重しとす。不智なる故に、五の病起る。婦女は陰性なり。陰は夜に属して闇し。故に女子は男子にくらぶるに、智少なくして、目の前なる然るべき理をも知らず、又人の謗るべき事を弁へず、我が身、我が夫、我が子の禍となるべき事を知らず、罪もなき人を恨み怒り、或はのろひとこひ、人を悪みて、我が身ひとり立てんと思へど、人通に悪まれうとまれて、皆我が身の仇となる事を知らず、いとはかなく浅まし。子を愛寵すといへど姑息し、義方の教を知らず、私愛深くして、かへりて子をそこなふ。斯く愚なるゆゑ、年既に長じて後は、よき道を以て教へ悟らしめ難し。唯其甚しきをおさへ戒むべし。事毎に道理を以て責め難し。故に女子は、殊に幼き時より早く能く道を教へ、悪しきわざを戒めならはしむべからず。
現代語訳
およそ婦人の心のあり方の悪い病は、和順でないこと、怒り恨むこと、人を謗ること、物をねたむこと、知恵がないことにあります。およそこの五つの病は、婦人の十人に七、八人は必ずあります。これが婦人の男子に及ばないところです。自ら省み戒めて、改め去りなさい。この五つの病のうちでも、特に知恵がないことを重いとします。知恵がないから、五つの病が起こるのです。婦女は陰の性です。陰は夜に属して暗いものです。ですから女子は男子に比べて知恵が少なく、目の前の当然の道理も知らず、また人が謗るようなことをわきまえず、自分や夫や子の禍となることも知らず、罪もない人を恨み怒り、あるいは呪い詛い、人を憎んで、自分ひとりが立とうと思っても、世間一般に憎まれ疎まれて、皆自分の身の仇となることを知らず、まことにはかなく情けないことです。子を寵愛するといっても姑息で、義方の教えを知らず、私的な愛が深くて、かえって子を損ないます。このように愚かなので、年がすでに長じてからは、よい道で教え悟らせることは難しいのです。ただそのはなはだしいところを抑え戒めなさい。事ごとに道理で責めることは難しいのです。ですから女子には特に、幼い時から早くよく道を教え、悪い行いを戒めて、慣れさせてはなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『和俗童子訓』巻之五・教女子法一女子を育つるも、初は大やう男子と異なる事なし。女子は他家に行きて、他人に事ふるものなれば、ことさら不徳にては、舅姑夫の心に叶ひ難し。幼くて生先こもれる窓の内より、能く教ふべき事にこそ侍れ。不徳なる事あらば、早く戒むべし。子を思ふ道に迷ひ、愛に溺れ、姑息して其悪しきことをゆるし、其性をそこなふべからず。年に随ひて、まづ早く女徳を教ふべし。女徳とは、女の心ざまの正しくして善なるを云ふ。凡女は、容より心の優れるこそめでたかるべけれ。女徳をえらばず、容を本としてかしづくは、いにしへ今の世の悪しきならはしなり。古の賢き人は、容の勝れてみにくきをも嫌はで、心ざまの勝れたるをこそ、后妃にもかしづき備へさせ給ひけれ。
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『和俗童子訓』巻之五・教女子法一男子は外に出でて、師に従ひ、物を学び、朋友に交り、世上の礼法を見聞するものなれば、親の教のみにあらず、外にて見聞する事多し。女子は常に内に居て、外に出でざれば、師友にしたがひて、道を学び、世上の礼義を見習ふべきやうなし。ひとへに親の教を以て、身を立つるものなれば、父母の教怠るべからず。親の教なくて育てぬる女は、礼義を知らず、女の道にうとく、女徳を慎まず、且女功のまなびなし。是皆父母の子を愛する道を知らざればなり。
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『和俗童子訓』巻之五・教女子法然れば我が悪しき生れつきを知りて、力を用ひ悪しきを改めて、善きに移るべし。此五の内、まづ父母に順はざるとは、夫の家に在りて、舅姑に順はざるは、婦人第一の悪なり。然れば夫の去るはことわりなり。次に妻を娶るは子孫相続の為なれば、子なければ去るもむべなり。されど其婦の心和かに行正しくて、嫉妬の心なく、婦の道に背かずして、夫しうとの心にかなひなば、夫の家族同姓の子を養ひ、家を継がしめて、婦を出すに及ばず。或は又妾に子あらば、妻に子なくとも去るに及ぶべからず。次に淫乱なるは、我が夫に背き、他の男に心をかよはすなり。婦女は万の事いみじくとも、此穢行だにあらば、何事のよきも見るに足らず。是女の堅く心に戒め慎むべき事なり。
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『和俗童子訓』巻之五・教女子法常に心遣ひをして、身を守る事堅きに過ぎたらん程はよかるべし。人に向ひ、やはらかにざればみて、かろらかなるは、必節義を失ひあやまちの出来るもとゐなり。和順を女徳とすると、たはれの心の、やはらかにして守りなく、かろびたると、其すぢかはれること、云ふにおよばず。古人は、兄弟といへども、幼より男女席を同じくせず、夫の衣桁に妻の衣服を懸けず、衣服も同じ器にをさめず、衣裳をも通用せず、ゆあみする所もことなり。是夫婦すら、別を正しくするなり。況や夫婦ならざる男女は、云ふに及ばず。男女の分、内外の別を正しくするは、古の道なり。
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『和俗童子訓』巻之五・教女子法一凡女子を愛し過して、恣に育てぬれば、夫の家に行きて、必おごりおこたりて、他人の気に合はず、終にしうとに疎まれ、夫にすさめられ、夫婦不和になり、おひ出され、恥をさらすもの多し。女子の父母、我が教なき事を恥ぢずして、しうと夫の悪しきとのみ思ふこと愚なり。父母の教なかりし女子は、夫の家に行き、しうとの教正しければ、せわらしく堪へ難く思ひて、しうとを恨み謗り、中悪しくなる。親の家にて教なければ、斯の如し。
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『和俗童子訓』巻之五・教女子法一婦人に七去とて、悪しき事七あり。一にても有れば、夫より逐ひ去らるる理なり。故に是を七去と云ふ。これ古の法なり。女子に教へきかすべし。一には父母に随はざるを去る。二に子なければ去る。三に淫なれば去る。四に嫉めば去る。五に悪疾あれば去る。六に多言なれば去る。七に窃盗すれば去る。此七の内、子なきは生れつきなり、悪疾はやまひなり。此二は、天命にて力に及ばざる事なれば、婦のとがにあらず。其余の五は、皆我が心より出づるとがなれば、慎みて其悪を止め、善に移りて、夫に去られざるやうに用心すべし。凡人の容こそ生れつきたれば改め難かるべけれ、心は変ずる理あれば、我が心だに用ひなば、などか愚なるより賢きにも遷さばうつらざらん。
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