和俗童子訓 / 巻之五・教女子法
夫の事、舅姑の事、こじうとの事など、我が心に合はぬ事あれば、みだりに其主に謗り聞かせて、それをかへりて忠と思へり。婦人もし智惠なくして、それを信じては、必恨出來易し。固より、夫の家は皆他人なれば、恨み背き恩愛を捨つる事易し。愼んで、下女の言を信じ、大切なるしうと小じうとの親みを薄くすべからず。もし下女すぐれてかたましく、口がましくて惡しきものならば、早く追ひやるべし。かやうのものは、必、家道を亂し、親戚の中をも言ひ妨ぐるものなり。恐るべし。又下女などの人を謗るを聞き用ふる事なかれ。殊に夫の方の一類の事を、かりそめにも謗らしむべからず。下女の口を信じては、舅姑夫こじうとなどに和睦なくして、恨み背くに至る。
新字:夫の事、舅姑の事、こじうとの事など、我が心に合はぬ事あれば、みだりに其主に謗り聞かせて、それをかへりて忠と思へり。婦人もし智恵なくして、それを信じては、必恨出来易し。固より、夫の家は皆他人なれば、恨み背き恩愛を捨つる事易し。慎んで、下女の言を信じ、大切なるしうと小じうとの親みを薄くすべからず。もし下女すぐれてかたましく、口がましくて悪しきものならば、早く追ひやるべし。かやうのものは、必、家道を乱し、親戚の中をも言ひ妨ぐるものなり。恐るべし。又下女などの人を謗るを聞き用ふる事なかれ。殊に夫の方の一類の事を、かりそめにも謗らしむべからず。下女の口を信じては、舅姑夫こじうとなどに和睦なくして、恨み背くに至る。
書き下し
夫の事、舅姑の事、こじうとの事など、我が心に合はぬ事あれば、みだりに其主に謗り聞かせて、それをかへりて忠と思へり。婦人もし智恵なくして、それを信じては、必恨出来易し。固より、夫の家は皆他人なれば、恨み背き恩愛を捨つる事易し。慎んで、下女の言を信じ、大切なるしうと小じうとの親みを薄くすべからず。もし下女すぐれてかたましく、口がましくて悪しきものならば、早く追ひやるべし。かやうのものは、必、家道を乱し、親戚の中をも言ひ妨ぐるものなり。恐るべし。又下女などの人を謗るを聞き用ふる事なかれ。殊に夫の方の一類の事を、かりそめにも謗らしむべからず。下女の口を信じては、舅姑夫こじうとなどに和睦なくして、恨み背くに至る。
現代語訳
夫のこと、舅・姑のこと、小舅・小姑のことなどで、自分の心に合わないことがあると、むやみにその主人(妻)に謗って聞かせ、それをかえって忠義だと思っています。婦人がもし知恵がなくて、それを信じると、必ず恨みが生じやすいのです。もともと夫の家は皆他人ですから、恨み背いて恩愛を捨てることはたやすいのです。慎んで、下女の言葉を信じて、大切な舅・姑・小姑との親しみを薄くしてはなりません。もし下女がとりわけねじけていて、口やかましく悪い者ならば、早く追い出しなさい。このような者は、必ず家の道を乱し、親戚の仲をも言い妨げるものです。恐るべきことです。また下女などが人を謗るのを聞き入れてはなりません。特に夫の方の一族のことを、かりそめにも謗らせてはなりません。下女の口を信じると、舅・姑・夫・小舅などと和睦がなくなって、恨み背くに至ります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・憲問篇公伯寮、子路を季孫に愬う。子服景伯以て告げて曰く、「夫子固より公伯寮に惑志有り。吾が力猶お能く諸を市朝に肆さん。」子曰く、「道の将に行われんとするや、命なり。道の将に廃れんとするや、命なり。公伯寮其れ命を如何せん。」
-
『甲陽軍鑑』品第四十七長坂長閑·跡部大炊助申す、それはあの旁、信玄公御心をよく存ぜられずしてさやう也、あの曲淵ほどの者は旗本の事は申すに及ばず、甲州·信州·上州へかけては二千も三千もあらん、其上主又は寄親をさやうに悪口申す、頭の下知につかざるは大悪事なりとて、則ち長坂長閑·跡部大炊介御機嫌を見合せ、曲淵が板垣弥次郎へ雑言の次第申上る、信玄公聞し召しおほきにわらひ給ふ、
-
説苑・雜言祁射子、秦の惠王に見え、惠王之を說ぶ。是に於いて唐姑之を讒し、復た見ゆるに、惠王怒りを懷きて以て之を待つ。其の說く所異なるに非ざるなり、聽く所の易わればなり。故に徵を以て羽と為すは、絃の罪に非ざるなり。甘きを以て苦しと為すは、味を限るの過ちなり。
-
論語・顔淵篇子張、明を問う。子曰く、「浸潤の譖、膚受の愬、行われざれば、明と謂う可きのみ。浸潤の譖、膚受の愬、行われざれば、遠しと謂う可きのみ。」
-
『甲陽軍鑑』品第十三ある時両人談合して己々が所領を沢山にとらんと思ひ、扇谷殿へ申けるは、御台所入り是なくして事不弁にましますに、家老衆は江戸河越の国中に徘徊の儀、末の御代にはあの衆の子共扇谷御子孫へ敵対申、御子孫は公方のごとく成給ひ家老衆は両上杉殿御仕合に少シもたがひ申まじ、御分別有べき由申上る処に扇谷殿武州江戸太田道灌を召寄殺し給ふ、是を聞て残る上田·見田·荻谷を始め道灌が一類城主共のことは申に及ばず少しも身を持たる衆大形身がまへをいたし居、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七彼落合彥介が七十にあまる老母を、ほうこほつしが手にわたし籠のうちにて、せつしころされたるは名代のはぢにてはなきか、すでに其方をば信玄公御意に、曲淵にも年こそおとる共、武篇の事はおとる者にてはなきとの上意にて御座ありつるぞ、今ははや臆病者と仰出され候は、みな平三郎が御取成しあしき申なし故なり、我等親子いたし、よきやうに仕度存ずれ共、平三郎が其方ことざまに申上候へば何とも可然様無之候、如何やうなることにて其方は平三郎ににくまれ候や、貴殿事三法印へ対せられて定めて当年中は何事もこれあるまじきが、年あけばやがて大事なりとさま〳〵源五郎が申をしへ、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る