和俗童子訓 / 巻之四・手習法
一和流唐流、共に古代の能書の上筆を求めて習ふべし。今時の俗筆をば習ふべからず。手本惡しければ、生れつきたる器用ありて、日々勤め學びても、見習ふべき法なくして、手跡進まず。器用もつとめも空しくなりて、一生惡筆にて終る。我が國の人、近世手跡拙きは、手習の法を知らざると、古代のよき手本を習はざる故なり。
新字:一和流唐流、共に古代の能書の上筆を求めて習ふべし。今時の俗筆をば習ふべからず。手本悪しければ、生れつきたる器用ありて、日々勤め学びても、見習ふべき法なくして、手跡進まず。器用もつとめも空しくなりて、一生悪筆にて終る。我が国の人、近世手跡拙きは、手習の法を知らざると、古代のよき手本を習はざる故なり。
書き下し
一和流唐流、共に古代の能書の上筆を求めて習ふべし。今時の俗筆をば習ふべからず。手本悪しければ、生れつきたる器用ありて、日々勤め学びても、見習ふべき法なくして、手跡進まず。器用もつとめも空しくなりて、一生悪筆にて終る。我が国の人、近世手跡拙きは、手習の法を知らざると、古代のよき手本を習はざる故なり。
現代語訳
和様も唐様も、ともに古代の能書のすぐれた筆跡を求めて習いなさい。今の俗な筆跡を習ってはなりません。手本が悪ければ、生まれつきの器用さがあって毎日勤め学んでも、見習うべき法がないので、筆跡は進みません。器用さも努力もむなしくなって、一生悪筆で終わります。わが国の人が近ごろ筆跡が拙いのは、手習いの法を知らないことと、古代のよい手本を習わないためです。
解説
手本は今の流行の字ではなく、古代の能書に求めよと説く短い条です。どれほど器用で努力しても手本が悪ければ見習う法がなく、一生悪筆で終わる、と益軒は言います。近ごろ日本人の字が拙いのは、手習いの法を知らないことと、古代のよい手本を習わないためだという診断も率直です。努力の方向を決めるのは手本の質だという考えは、書道に限らず、スポーツや楽器、仕事の技術を学ぶときにも当てはまります。誰を手本にするかが上達を左右するという教訓です。
この章句が説くこと
手習手本古法努力書道
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