導師導古典を学びたいすべての人に

和俗童子訓 / 巻之四・手習法

一古人書は心畫なりと云へり。心畫とは、心中にある事を外に書き出す繪なり。故に手跡の邪正にて、心の邪正顯る。筆跡にて心の内も見ゆれば、愼みて正しくすべし。むかし柳公權も、心正しければ筆正しと云へり。凡書は、言をうつして言語にかへ用ひ、行事を示して當世に施し、後代に傳ふる證迹なり。正しからずんばあるべからず。故に書の本意は、唯平正にして讀み易きを宗とす。是第一に心を用ふべき事なり。あながちに巧にして、筆跡のうるはしく見所あるを宗とせず。もし正しからずして讀み難く、世用に通ぜずんば、巧なりといへども用なし。然れども又いやしく拙きは、用にかなはず。

新字:一古人書は心画なりと云へり。心画とは、心中にある事を外に書き出す絵なり。故に手跡の邪正にて、心の邪正顕る。筆跡にて心の内も見ゆれば、慎みて正しくすべし。むかし柳公権も、心正しければ筆正しと云へり。凡書は、言をうつして言語にかへ用ひ、行事を示して当世に施し、後代に伝ふる証迹なり。正しからずんばあるべからず。故に書の本意は、唯平正にして読み易きを宗とす。是第一に心を用ふべき事なり。あながちに巧にして、筆跡のうるはしく見所あるを宗とせず。もし正しからずして読み難く、世用に通ぜずんば、巧なりといへども用なし。然れども又いやしく拙きは、用にかなはず。

書き下し

一古人書は心画なりと云へり。心画とは、心中にある事を外に書き出す絵なり。故に手跡の邪正にて、心の邪正顕る。筆跡にて心の内も見ゆれば、慎みて正しくすべし。むかし柳公権も、心正しければ筆正しと云へり。凡書は、言をうつして言語にかへ用ひ、行事を示して当世に施し、後代に伝ふる証迹なり。正しからずんばあるべからず。故に書の本意は、唯平正にして読み易きを宗とす。是第一に心を用ふべき事なり。あながちに巧にして、筆跡のうるはしく見所あるを宗とせず。もし正しからずして読み難く、世用に通ぜずんば、巧なりといへども用なし。然れども又いやしく拙きは、用にかなはず。

現代語訳

昔の人は「書は心の画である」と言いました。心画とは、心の中にあることを外に書き出した絵です。ですから筆跡の正しさ邪さに、心の正しさ邪さが表れます。筆跡で心の内も見えるのですから、慎んで正しく書きなさい。昔、柳公権も「心が正しければ筆も正しい」と言いました。およそ書は、言葉を写して話し言葉に代えて用い、事柄を示して今の世に施し、後の世に伝える証拠です。正しくなくてはなりません。ですから書の本来の意義は、ただ平らかで正しく読みやすいことを第一とします。これが第一に心を用いるべきことです。むやみに巧みで、筆跡が美しく見どころがあることを第一とはしません。もし正しくなくて読みにくく、世の用に通じなければ、巧みであっても用はありません。けれども、また卑しく拙いのも、用にはかないません。

解説

巻之四「手習法」の冒頭で、書の根本を述べた条です。「書は心画なり」は前漢の揚雄の法言に見える言葉で、筆跡に心の正邪が表れるという考えです。唐の書家柳公権が皇帝に筆法を問われて「心正しければ筆正し」と答えた逸話も引かれます。益軒は、書の本意は美しさではなく、平正で読みやすいことだと言い切ります。書は言葉を伝え後世に残す証拠だからです。見た目の巧さより伝わることを重んじるこの考えは、手書きの文字だけでなく、今の文書や資料づくりにも通じる実用の精神です。

この章句が説くこと

手習書道心実用正しさ

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る