和俗童子訓 / 巻之三・読書法
一古語に、光陰箭のごとく、時節流るゝが如し。又曰、光陰惜むべし、是を流水に譬と云へり。月日のはやき事、年々にまさる。一度行きて歸らざる事、流水の如し。今年の今日の今時、再歸らず。なす事なくて、等閑に時日を送るは、身をいたづらになすなり。惜むべし。大禹は聖人なりしだに、猶寸陰を惜み給へり、況や末世の凡人をや。聖人は尺璧を貴ばずして、寸陰を惜むとも云へり。少年の時は、記性强くして、中年以後數日に覺ゆる事を、唯一日半日にも覺えて、身を終るまで忘れず。一生の寶となる。年老いて後悔なからんことを思ひ、小兒の時、時日を惜みて、いさみ勤むべし。かやうにせば、後悔なかるべし。
新字:一古語に、光陰箭のごとく、時節流るゝが如し。又曰、光陰惜むべし、是を流水に譬と云へり。月日のはやき事、年々にまさる。一度行きて帰らざる事、流水の如し。今年の今日の今時、再帰らず。なす事なくて、等閑に時日を送るは、身をいたづらになすなり。惜むべし。大禹は聖人なりしだに、猶寸陰を惜み給へり、況や末世の凡人をや。聖人は尺璧を貴ばずして、寸陰を惜むとも云へり。少年の時は、記性強くして、中年以後数日に覚ゆる事を、唯一日半日にも覚えて、身を終るまで忘れず。一生の宝となる。年老いて後悔なからんことを思ひ、小児の時、時日を惜みて、いさみ勤むべし。かやうにせば、後悔なかるべし。
書き下し
一古語に、光陰箭のごとく、時節流るるが如し。又曰、光陰惜むべし、是を流水に譬と云へり。月日のはやき事、年々にまさる。一度行きて帰らざる事、流水の如し。今年の今日の今時、再帰らず。なす事なくて、等閑に時日を送るは、身をいたづらになすなり。惜むべし。大禹は聖人なりしだに、猶寸陰を惜み給へり、況や末世の凡人をや。聖人は尺璧を貴ばずして、寸陰を惜むとも云へり。少年の時は、記性強くして、中年以後数日に覚ゆる事を、唯一日半日にも覚えて、身を終るまで忘れず。一生の宝となる。年老いて後悔なからんことを思ひ、小児の時、時日を惜みて、いさみ勤むべし。かやうにせば、後悔なかるべし。
現代語訳
古語に「光陰は矢のごとく、時節は流れるようだ」とあり、また「光陰は惜しむべきだ、これを流れる水にたとえる」と言います。月日の早いことは、年々まさっていきます。一度行って帰らないことは、流れる水のようです。今年の今日の今の時は、二度と帰りません。何もせずに、なおざりに時を送るのは、身をむだにすることです。惜しむべきです。大禹は聖人であったのにさえ、なお寸陰を惜しまれました。まして末世の凡人はなおさらです。「聖人は尺の璧(大きな宝玉)を貴ばずに、寸陰を惜しむ」とも言います。少年の時は記憶力が強くて、中年以後なら数日かかって覚えることを、ただ一日か半日で覚えて、一生忘れません。一生の宝となります。年老いてから後悔しないことを思って、子どもの時に時を惜しんで、励み勤めなさい。そうすれば後悔はないでしょう。
解説
この章句が説くこと
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