和俗童子訓 / 巻之三・読書法
一聖人の書を經といふ。經とは常なり。聖人の敎は、萬世かはらざる萬民の則なれば、常といふ。四書五經等を經と云ふ。賢人の書を傳と云ふ。傳とは、聖人の敎を述べて、天下後代に傳ふるなり。四書五經の注、又は周程張朱、其外歴代の賢人の作れる書を、何れも傳と云ふ。經傳は、是古の聖賢の述べ作り給ふ所なり。其所載は天地の理に隨ひて、人の道を敎へ給ふなり。其理至極し、天下萬世の敎となれる鑑なり。天地人と萬物との道理、是にもるゝ事なきゆゑ、天地の間、是にまされる寶更になし。是を神明の如くに尊び敬ふべし。おろそかにし、穢すべからず。
新字:一聖人の書を経といふ。経とは常なり。聖人の教は、万世かはらざる万民の則なれば、常といふ。四書五経等を経と云ふ。賢人の書を伝と云ふ。伝とは、聖人の教を述べて、天下後代に伝ふるなり。四書五経の注、又は周程張朱、其外歴代の賢人の作れる書を、何れも伝と云ふ。経伝は、是古の聖賢の述べ作り給ふ所なり。其所載は天地の理に随ひて、人の道を教へ給ふなり。其理至極し、天下万世の教となれる鑑なり。天地人と万物との道理、是にもるゝ事なきゆゑ、天地の間、是にまされる宝更になし。是を神明の如くに尊び敬ふべし。おろそかにし、穢すべからず。
書き下し
一聖人の書を経といふ。経とは常なり。聖人の教は、万世かはらざる万民の則なれば、常といふ。四書五経等を経と云ふ。賢人の書を伝と云ふ。伝とは、聖人の教を述べて、天下後代に伝ふるなり。四書五経の注、又は周程張朱、其外歴代の賢人の作れる書を、何れも伝と云ふ。経伝は、是古の聖賢の述べ作り給ふ所なり。其所載は天地の理に随ひて、人の道を教へ給ふなり。其理至極し、天下万世の教となれる鑑なり。天地人と万物との道理、是にもるる事なきゆゑ、天地の間、是にまされる宝更になし。是を神明の如くに尊び敬ふべし。おろそかにし、穢すべからず。
現代語訳
聖人の書を「経」と言います。経とは常のことです。聖人の教えは、万世変わらない万民の規範なので「常」と言います。四書・五経などを経と言います。賢人の書を「伝」と言います。伝とは、聖人の教えを述べて天下と後の世に伝えるものです。四書五経の注釈、また周敦頤・程顥程頤・張載・朱熹、そのほか歴代の賢人が作った書を、いずれも伝と言います。経と伝は、昔の聖賢が述べ作られたものです。そこに載っていることは天地の理に従って、人の道を教えておられるのです。その理は至り極まり、天下万世の教えとなる鑑です。天地人と万物の道理がこれに漏れることはないので、天地の間にこれにまさる宝はまったくありません。これを神のように尊び敬いなさい。おろそかにしたり、汚したりしてはなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之一・為学上聖人の書を経と云ふ。経とは常なり。聖人の言は万世の常道なり。賢人の書を伝といふ。伝とは聖人の道を述べ、後代に伝ふるなり。四書五経は経なり。其註並に周程張朱の書は伝なり。歴代の事をしるせる書を史と云ふ。記録のことなり。子は荀子、楊子、淮南子、説苑、文中子等の諸氏の書を云ふ。是は程朱の書のごとく、道理精明なるにはあらざれども、経書の義理を助くる益あり、見るべし。集は諸家の文章等の書なり。是又義理を説明せり。此経史子集の四の書は、本末軽重あれども、皆学問のため用ある書なり。道を知らんとならば、経学を専らとして、一生つとむべし。次に史学、是も其益大なり。次に諸子諸集を見るべし。朱子綱目、尤も好書なり。古代の治乱盛衰の事跡をしるのみにあらず、義理の学にも、亦大に助あり。
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『慎思録』巻之五聖人の書を経と為す。経は常なり。夫れ聖人は、天地の道に法りて、人道の至りを尽くし、至極の準を立つ。其の道、古今に亘り華夷に通じ、時として処として宜しからざる無し。其の教へ実に天下万世の常道たり。故に其の書を称して経と為す。亦宜ならずや。浮屠氏も亦仏書を称して経と為す。蓋し其の書西域に在りては、本修多羅と名づけ、固より経の名無し。其の書中国に入るの後、彼の徒聖人の書の名を借りて之を称するのみ。賢人の書を伝と為す。蓋し聖人の教へを伝述するなり。
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『和俗童子訓』巻之三・読書法一書を読み学問する法、年若く記臆強き時、四書五経を常に熟読し、遍数を如何程も多く重ねて、記誦すべし。小児の時に限らず、老年に至りても、常に循環して読むべし。是義理の学問の根本となるのみならず、又文章を学ぶ法則となる。次に左伝を数十遍看読すべし。其益多し。是学問の要訣なり、知らずんばあるべからず。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一初学の人書をよむには、まづ四書を熟読し、又五経をよく読むべし。五経は上代の聖人の教なり。文字の祖、義理の宗といひて、文字のはじめ、義理のをしへの本なり。四書は孔門のをしへなり。是をよむは、まのあたり聖賢の教をきくが如し、尊ぶべし。文義やうやく通ぜば、四書の註、大学中庸の或問を見て、後五経の註を見るべし。次に周程張朱四家の書を見るべし。中につきて、程朱の書尤よく読むべし。ことに小学の書は、身ををさむる大法をしるせり。人倫の道ほぼ備れり。はやく読んで、其義を習ひ知るべし。又歴代の史、左伝、史記、朱子通鑑綱目を見るべし。是道を知り、古今に通ずる学問の法なり。経伝及歴代の史に通ぜば、天下古今の事理、明ならずといふ事なかるべし。
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『和俗童子訓』巻之三・読書法右の名目小篇などを読み覚えて後、経書を教ふべし。初より文句長き読み難き経書を教へて、其気を屈せしむべからず。経書を教ふるには、まづ孝経の首章、次に論語学而の篇を読ましめ、皆熟読して後、その要義をもあらあら説き聞かすべし。小学四書は、最初より読みにくし。故にまづ右に云ふ所の文句の短きものを多く読ませて、次に小学を読ませ、後に四書五経を読ましむべし。
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『和俗童子訓』巻之三・読書法一小児に初て書を説き聞かするに、文句短く文義あさく、分明に聞え易く言ひ聞かすべし。小児に相応せざる、高く、深く、まはり遠く、むつかしく、聞きにくき事を教ふべからず又ことば多く長くすべからず。言少なくして、さとし易くすべし。まづ孝経の首章、論語の学而篇を早く説き聞かすべし。是本をつとむるなり。小学の書を説くには、義理を浅く軽く説くべし。深く重く説くべからず。是小児に教ふる法なり。一小児読書の内に、早く文義を所々教ふべし。孝経にて云はば、仲尼とは孔子の字なり。字とは、成人して名づくるかへ名なり。子は師のことを云ふ。曽子は孔子の弟子なり。参は曽子の名。先王とは、古の聖王のこと。不敏は鈍なること。又論語の首章を読む時は、学ぶとは学問するを云ふ。習ふとは学びたる事を身に勤めならふなり。説ぶとは面白きと云ふ意、楽むとは大に面白き意なり。かやうに読書の序に文義を教ふれば、自然に書を暁し得るものなり。
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