和俗童子訓 / 巻之三・随年教法
一廿歲、古もろこしには、廿歲にして冠を著るを、元服を加ふと云ふ。元服とは、かうべのきるものとよむ。冠のことなり。日本にても、昔は公家武家共に、廿歲の内にて、冠烏帽子を著たり。其時、加冠理髪などの役ありき。今も官家に此事あり。今武家に前髪を去るを元服と云ふも、昔の冠を著るになぞらへて云へり。元服を加へざる内は、猶わらんべなり。元服すれば、成人の道是より備はる。これより幼少なる時の心を捨て、成人の德に隨ひ、博く學び、あつく行ふべし。其年に應じて、德行備らん事をおもひて勤むべし。もし元服しても成人の德なきは、猶童心ありとて、昔も是を謗れり。
新字:一廿歳、古もろこしには、廿歳にして冠を著るを、元服を加ふと云ふ。元服とは、かうべのきるものとよむ。冠のことなり。日本にても、昔は公家武家共に、廿歳の内にて、冠烏帽子を著たり。其時、加冠理髪などの役ありき。今も官家に此事あり。今武家に前髪を去るを元服と云ふも、昔の冠を著るになぞらへて云へり。元服を加へざる内は、猶わらんべなり。元服すれば、成人の道是より備はる。これより幼少なる時の心を捨て、成人の徳に随ひ、博く学び、あつく行ふべし。其年に応じて、徳行備らん事をおもひて勤むべし。もし元服しても成人の徳なきは、猶童心ありとて、昔も是を謗れり。
書き下し
一廿歳、古もろこしには、廿歳にして冠を著るを、元服を加ふと云ふ。元服とは、かうべのきるものとよむ。冠のことなり。日本にても、昔は公家武家共に、廿歳の内にて、冠烏帽子を著たり。其時、加冠理髪などの役ありき。今も官家に此事あり。今武家に前髪を去るを元服と云ふも、昔の冠を著るになぞらへて云へり。元服を加へざる内は、猶わらんべなり。元服すれば、成人の道是より備はる。これより幼少なる時の心を捨て、成人の徳に随ひ、博く学び、あつく行ふべし。其年に応じて、徳行備らん事をおもひて勤むべし。もし元服しても成人の徳なきは、猶童心ありとて、昔も是を謗れり。
現代語訳
二十歳。昔の中国では、二十歳で冠をかぶることを「元服を加える」と言いました。元服とは「頭に着るもの」と読みます。冠のことです。日本でも昔は公家も武家も、二十歳までのうちに冠や烏帽子をかぶりました。その時には加冠や理髪などの役がありました。今も公家にはこのことがあります。今、武家で前髪を落とすことを元服と言うのも、昔の冠をかぶることになぞらえて言ったのです。元服を加えないうちは、まだ子どもです。元服すれば、成人の道がこれから備わります。これから幼少の時の心を捨てて、成人の徳に従い、広く学び、篤く行いなさい。その年に応じて、徳行が備わることを思って勤めなさい。もし元服しても成人の徳がないのは、まだ童心があるといって、昔もこれを謗りました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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司馬法・天子之義礼を以て固と為し、仁を以て勝と為す。
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『春秋左氏伝』襄公四年 多く無礼を行えば必ず自ら及ぶ秋、定姒薨ず。廟に殯せず、櫬無く、虞せず。匠慶、季文子に謂ひて曰く、「子は正卿たり。而るに小君の喪成らず。君を終へざるなり。君長ぜば、誰か其の咎を受けん」と。初め、季孫、己の爲に六檟を蒲圃の東門の外に樹う。匠慶、木を請ふ。季孫曰く、「略(と)れ」と。匠慶、蒲圃の檟を用ゐる。季孫御(ふせ)がず。君子曰く、「志に所謂『多く無禮を行へば、必ず自ら及ぶ』とは、其れ是の謂ひか」と。冬、公、晉に如きて政を聽く。晉侯、公を享す。公、鄫を屬せんことを請ふ。晉侯許さず。孟獻子曰く、「寡君の仇讎に密邇するを以て、而も願ひて固く君に事へ、官命を失ふこと無からんとす。鄫は司馬に賦すること無し。執事の朝夕の命を敝邑に爲すに、敝邑は褊小なり。闕けば寡君の罪と爲る。寡君是を以て焉に助けを借らんことを願ふ」と。晉侯之を許す。楚人、頓をして陳を間(うかが)はしめ、之を侵伐す。故に陳人、頓を圍む。無終子嘉父、孟樂をして晉に如かしめ、魏莊子に因りて虎豹の皮を納れ、以て諸戎を和せんことを請ふ。晉侯曰く、「戎狄は親無くして貪る。之を伐つに如かず」と。魏絳曰く、「諸侯新たに服し、陳新たに來り和す。將に我を觀んとす。我德あらば則ち睦まん。否ならば則ち攜貳せん。
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『春秋左氏伝』文公二年 卿を書せず、秦を尊ぶ冬、晉の先且居・宋の公子成・陳の轅選・鄭の公子歸生、秦を伐ち、汪及び彭衙を取りて還る。以って彭衙の役に報ずるなり。卿書せざるは、穆公の為の故なり。秦を尊ぶなり。之を崇德と謂ふ。襄仲齊に如きて幣を納る、禮なり。凡そ君位に即けば、舅甥を好くし、昏姻を脩め、元妃を娶りて以って粢盛(しせい)を奉ず、孝なり。孝は、禮の始めなり。
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『武士道』第六章 禮儀・礼の極意は愛に庶幾し外人の我邦に来り遊ぶもの、嫻雅礼節を以て日本人の特性なりと称せざるは無し。礼もし、俯仰折旋の儀容に過ぎずして、同情の発現にして、又た尊きを尊び、秩序ある社会の許すとせば、乃ち以て徳とするに足らず。礼は人の感情を察認する地位を敬ふの意を有す。而して其地位とは貧富の別に基くものの謂に非らず、人の誠に有する効績徳業の差等の謂なり。礼の極意は愛に庶幾し。されば予はここに慎んで、彼の聖語の一字を更へて、『礼は寛忍をなし、又た人の益を図るなり。礼は妬まず、誇らず、驕傲らず、非礼を行はず、己れの利を求めず、軽々しく怒らず、人の悪を念はず』と謂ふを得んか。ディーン教授が人生の六義を論じて、礼を重しとし、之を以て社交の熟果なりとせしは、けだし又た異しむに足らず。
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