和俗童子訓 / 巻之二・総論下
一農工商の子には、幼き時より、唯物書算數をのみ敎へて、其家業を專らに知らしむべし。かならず樂譜淫樂、其外いたづらなる無用の雜藝を知らしむべからず。是にふけり溺れて、家業を勤めずして、財を失ひ家を亡せしもの、世に其例多し。富人の子は、立居振舞飮食の禮などをば習ふべし。必戒めて、無賴放逸にして酒色淫樂を好む惡友に交らしむべからず。是に交れば、必身の行惡しく、不孝になり、財を失ひ、家を破る、甚恐るべし。
新字:一農工商の子には、幼き時より、唯物書算数をのみ教へて、其家業を専らに知らしむべし。かならず楽譜淫楽、其外いたづらなる無用の雑芸を知らしむべからず。是にふけり溺れて、家業を勤めずして、財を失ひ家を亡せしもの、世に其例多し。富人の子は、立居振舞飲食の礼などをば習ふべし。必戒めて、無頼放逸にして酒色淫楽を好む悪友に交らしむべからず。是に交れば、必身の行悪しく、不孝になり、財を失ひ、家を破る、甚恐るべし。
書き下し
一農工商の子には、幼き時より、唯物書算数をのみ教へて、其家業を専らに知らしむべし。かならず楽譜淫楽、其外いたづらなる無用の雑芸を知らしむべからず。是にふけり溺れて、家業を勤めずして、財を失ひ家を亡せしもの、世に其例多し。富人の子は、立居振舞飲食の礼などをば習ふべし。必戒めて、無頼放逸にして酒色淫楽を好む悪友に交らしむべからず。是に交れば、必身の行悪しく、不孝になり、財を失ひ、家を破る、甚恐るべし。
現代語訳
農・工・商の子には、幼い時から、ただ読み書き算数だけを教えて、その家業をもっぱら知らせなさい。決して音曲や淫らな音楽、そのほかむだで役に立たない雑芸を知らせてはなりません。これにふけり溺れて家業を勤めず、財を失い家を滅ぼした者の例は、世に多いのです。富んだ家の子は、立ち居振る舞いや飲食の礼などは習いなさい。必ず戒めて、無頼で放逸で酒色や淫らな音楽を好む悪い友と交わらせてはなりません。これと交われば、必ず身の行いが悪くなり、不孝になり、財を失い、家を破ります。たいへん恐るべきことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一四民ともに、其子の幼きより、父兄君長に事ふる礼儀作法を教へ、聖経を読ましめ、仁義の道理を漸くさとさしむべし。是根本をつとむるなり。次に、ものかき算数を習はしむべし。武士の子には、学問のひまに、弓馬剣戟拳法など習はしむべし。但一向に芸を好みすごすべからず。必一事に心移りぬれば、其事におぼれて害となる。学問に志ある人も、芸を好み過せば、其方に心傾きて、学問すたる。学問は、専ならざれば進み難し。芸は学問を勤めて、其いとま有る時の余事なり。学問と芸術を同じたぐひに思へる人あり、本末軽重を知らず、愚なりと云ふべし。学問は本なり、芸術は末なり。本は重くして、末は軽し。本末を同じくすべからず。後世の人、此理を知らず。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上近世或君の仰に、大人の子の学びて宜しき芸は何事ぞと問ひ給ひしに、其臣答へて、算数をならひ給ひてよろしかるべしと申されける、いと宜しき答なりけると語り伝ふ。凡高きもひききも、算数を知らずして、我が財禄のかぎりを考へず、みだりに財を用ひ尽して、困窮に至るも、又事に臨みて、算を知らで、利害を考ふる事も成り難きは、いとはかなき事なり。又音楽をも頗る学び、其心を和け楽むべし。されど、専好めば心すさむ。幼少より、遊戯の事に心を移さしむべからず。必制すべし。唐土の音楽だにも、好み過せば心をとらかす。況や日本の俗に翫ぶ散楽は、其章歌いやしく、道理なくして、人の教とならざるをや。芸能其外遊戯の方に心うつりぬれば、道の志は、必すたるものなり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上悲しむべし。殊に大人は、身を修め人を治むる稽古だにあらば、芸能は其下たる有司にゆだねても事欠けず。されど六芸は、大人といへど其大略をば学ぶべし。また軍学武芸のみありて、学問なく義理を知らざれば、習ふ所の武事、かへりて不忠不義の助となる。然れば、義理の学問を本とし重んずべし。芸術は誠に末なり。六芸の中、ものかき算数を知る事は、殊に貴賤四民ともに習はしむべし。物よくいひ、世になれたる人も、物を書くこと達者ならず文字を知らざれば、かたことをいひ、ふつつかに賤しくて、人に見おとされ、侮り笑はるるは口をし。それのみならず、文字を知らざれば、世間の事と詞に通ぜず、もろもろの勤に応じ難くて、世事滞る事のみ多し。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一幼き時より、必まづ其好むわざをえらぶべし。好む所尤大事なり。婬慾の戯を好み、淫楽などを好む事、又つひえ多き遊、先早くいましむべし。是を好めば、其心必放逸になる。幼きより好めば、其心癖となり、一生、其好やまざるものなり。いかにいとけなくして、いまだ心に弁なくとも、又富貴の家に生れ、万の事心にかなへりと道に背き、人に害あり、物を苦め、財を費す戯遊の、はかなきわざをば、せざる理なりと云ひ聞かせ、悟らしめて、なさしむべからず。又我が身に用なき無益の芸を習はしむべからず。たとひ用ある芸能といへども、一向に好み過して、其事にのみ心を用ふれば、必其一事に心傾きて、万事に通ぜず、其好む所につきて、ひが事多く害多し。況や益なき事をすき好むをや。およそ幼きより、好む所習ふ事を、早くえらぶべし。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上又日本にては、算数は賤しき業なりとて、大家の子には教へず。是国俗のあやまり、世の人の心得違へるなり。もろこしにて、古は天子より庶人まで、幼少より皆算数を習はしむ。大人も、国郡にあらゆる民数を計り、其年の土貢の入を計りて、来年出し用ふる分量を定めざれば、限なき欲に随ひて、限ある財尽きぬれば、困窮に至る。是算を知らざればなり。又国土の人民の数を計り、米穀金銀の多少と、軍陣に人馬の数と糧食とをかんがへ、道里の遠近と、運送の労費を計り、人数をたて、軍をやるも、みな算数を知らざれば行ひ難し。臣下に任せては、おろそかにして事違ふゆゑに、大人の子は、殊に自ら算数を知らでは、つとめにうとく、事欠くる事多し。是日用の切要なる事にして、必習ひ知るべき業なり。
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『益軒家訓』幼児須教一凡書を習ふに、和字真草共に、幼より必古の書法正しき能書を以て手本とすべし。手本悪しければ癖附きて、一生手跡拙し。よく選むべし。一士は事繁き者なれば、一芸一材に長ぜるのみにては用に立たず、次第を以て博く文の芸を学ぶべし。文芸は和礼(書礼業礼共此内にあり)書法文字の学算数等也。余力あらば、和歌の道、本朝の古実典故、又医薬養生の術をも兼て学ぶべし。詩は日本の風にあらず、故に勝れたる天才なき者は作るべからず。学問の功を費し、心を苦め、拙けれども自ら其拙きを知らず、人の誚を得て益なし。武芸は剣術鍵騎射鳥銃拳法等なり。戦法は将と士と位によりて学ぶ所、大小の器殊也。其位に切なる事を先とし習ふべし。書を読み芸を習ふに、日を惜みて、時を失はずして、勤め習ふべし。年若く気憶も強き時、物を能く覚え習ひ置きて、一生の身の宝とすべし。後に悔ゆべからず。古の聖人は寸陰を惜み給ひしとなり。
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