和俗童子訓 / 巻之一・総論上
近世或君の仰に、大人の子の學びて宜しき藝は何事ぞと問ひ給ひしに、其臣答へて、算數をならひ給ひてよろしかるべしと申されける、いと宜しき答なりけると語り傳ふ。凡高きもひきゝも、算數を知らずして、我が財祿のかぎりを考へず、みだりに財を用ひ盡して、困窮に至るも、又事に臨みて、算を知らで、利害を考ふる事も成り難きは、いとはかなき事なり。又音樂をも頗る學び、其心を和け樂むべし。されど、專好めば心すさむ。幼少より、遊戲の事に心を移さしむべからず。必制すべし。唐土の音樂だにも、好み過せば心をとらかす。況や日本の俗に翫ぶ散樂は、其章歌いやしく、道理なくして、人の敎とならざるをや。藝能其外遊戲の方に心うつりぬれば、道の志は、必すたるものなり。
新字:近世或君の仰に、大人の子の学びて宜しき芸は何事ぞと問ひ給ひしに、其臣答へて、算数をならひ給ひてよろしかるべしと申されける、いと宜しき答なりけると語り伝ふ。凡高きもひきゝも、算数を知らずして、我が財禄のかぎりを考へず、みだりに財を用ひ尽して、困窮に至るも、又事に臨みて、算を知らで、利害を考ふる事も成り難きは、いとはかなき事なり。又音楽をも頗る学び、其心を和け楽むべし。されど、専好めば心すさむ。幼少より、遊戯の事に心を移さしむべからず。必制すべし。唐土の音楽だにも、好み過せば心をとらかす。況や日本の俗に翫ぶ散楽は、其章歌いやしく、道理なくして、人の教とならざるをや。芸能其外遊戯の方に心うつりぬれば、道の志は、必すたるものなり。
書き下し
近世或君の仰に、大人の子の学びて宜しき芸は何事ぞと問ひ給ひしに、其臣答へて、算数をならひ給ひてよろしかるべしと申されける、いと宜しき答なりけると語り伝ふ。凡高きもひききも、算数を知らずして、我が財禄のかぎりを考へず、みだりに財を用ひ尽して、困窮に至るも、又事に臨みて、算を知らで、利害を考ふる事も成り難きは、いとはかなき事なり。又音楽をも頗る学び、其心を和け楽むべし。されど、専好めば心すさむ。幼少より、遊戯の事に心を移さしむべからず。必制すべし。唐土の音楽だにも、好み過せば心をとらかす。況や日本の俗に翫ぶ散楽は、其章歌いやしく、道理なくして、人の教とならざるをや。芸能其外遊戯の方に心うつりぬれば、道の志は、必すたるものなり。
現代語訳
近ごろ、ある主君が「身分の高い人の子が学んでよい芸は何か」とお尋ねになったところ、その臣が「算数をお習いになるのがよろしいでしょう」とお答え申し上げた、まことによい答えであったと語り伝えられています。およそ身分の高い者も低い者も、算数を知らずに自分の財産や禄の限度を考えず、むやみに財を使い尽くして困窮に至るのも、また事に臨んで計算を知らないため利害を考えることもできないのも、まことに頼りないことです。また音楽もそれなりに学んで、その心を和らげ楽しみなさい。けれども、ひたすら好めば心がすさみます。幼少から遊戯のことに心を移させてはなりません。必ず抑えなさい。中国の音楽でさえ、好み過ぎれば心をとろかします。まして日本の俗間で楽しむ散楽は、その歌詞が卑しく道理もなく、人の教えにならないのはなおさらです。芸能やそのほかの遊戯の方に心が移ると、道を志す心は必ずすたれるものです。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第五・不綺語戒又晋ノ劉現ガ晋陽ニ在テ胡騎ニ囲レシトキ。月夜ニ城楼ノ上ニ登テ嘯ク。胡人ガ聞テミナ凄凄トシテ嘆ス。中夜ニ至テ胡笳ヲ奏ス。胡人カ聞テ皆涙ヲ流シテ郷国ノ懐ヲ起シ。終ニ囲ヲ解キ去シトアル。此ニ由テ見レハ。声韻ヲ以テ敵ヲ退ケ国ヲ全スルモ。アルヘキ理シヤ。楽師伶人ニテ云ハハ。此声韻ニ由テ道ニ入ヘシ。未タ道ニ至ラストモ。心ヲ専一ニ用ヒハ。天ヨリ分付スルトコロノ実ノ楽ヲ得ヘシ。狂言綺語トハ違フシヤ。
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『墨子』三辯程繁、子墨子に問いて曰く、「『聖王は樂を為さず』と。昔、諸侯は聴治に倦めば、鍾鼔の樂に息い、士大夫は聴治に倦めば、竽瑟の樂に息い、農夫は春に耕し夏に耘り、秋に斂め冬に蔵むれば、聆缶の樂に息う。今、夫子は『聖王は樂を為さず』と曰う。此れ之を譬うるに猶お馬駕して稅かず、弓張りて弛めざるがごとし。乃ち血氣有る者の至る能わざる所に非ざる無からんや」と。子墨子曰く、「昔者、堯舜に《第期》なる者有り、且つ以て禮と為し、且つ以て樂と為す。湯、桀を大水に放ち、天下を環りて自ら立ちて以て王と為り、事成り功立ちて、大いなる後患無し。自ら樂を作り、命じて《九招》と曰う。武王、殷に勝ち紂を殺し、天下を環りて自ら立ちて以て王と為り、事成り功立ちて、大いなる後患無し。先王の樂に因り、又た自ら樂を作り、命じて《象》と曰う。周の成王は先王の樂に因り、命じて《騶虞》と曰う。周の成王の天下を治むるや、武王に若かず。武王の天下を治むるや、成湯に若かず。成湯の天下を治むるや、堯舜に若かず。故に其の樂の逾いよ繁き者は、其の治、逾いよ寡し。此れより之を觀れば、樂は天下を治むる所以に非ざるなり」と。
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