和俗童子訓 / 巻之二・総論下
一父母やはらかにして、子を愛し過せば、子怠りて父母を侮り、愼まずして行儀あしく、氣隨にして身の行あしく、道に背く。父たる者、威ありて恐るべく、行儀ありて手本になるべければ、子たる者恐れ愼みて、行儀正しく、孝をつとむる故に、父子和睦す。子の賢不肖、多くは父母のしわざなり。父母いるがせにして、子の惡しきをゆるせば、惡を長ぜしめ、不義におちいる。是子を愛するに非ずして、かへりて子をそこなふなり。子を育つるに、幼きより能く敎へ戒めても惡しきは、誠に天性の惡しきなり。世の人、多くは愛に過ぎておごらしめ、惡を戒めざるゆゑ、習ひて性となり、終に不肖の子となる者多し。世に上智と下愚とはまれなり。上智は敎へずしてよし、下愚は敎へても改め難しと云へども、惡を制すれば面は改まる。世に多きは中人なり。中人の性は、敎ふれば善人となり、敎へざれば不善人となる。故に敎なくんばあるべからず。
新字:一父母やはらかにして、子を愛し過せば、子怠りて父母を侮り、慎まずして行儀あしく、気随にして身の行あしく、道に背く。父たる者、威ありて恐るべく、行儀ありて手本になるべければ、子たる者恐れ慎みて、行儀正しく、孝をつとむる故に、父子和睦す。子の賢不肖、多くは父母のしわざなり。父母いるがせにして、子の悪しきをゆるせば、悪を長ぜしめ、不義におちいる。是子を愛するに非ずして、かへりて子をそこなふなり。子を育つるに、幼きより能く教へ戒めても悪しきは、誠に天性の悪しきなり。世の人、多くは愛に過ぎておごらしめ、悪を戒めざるゆゑ、習ひて性となり、終に不肖の子となる者多し。世に上智と下愚とはまれなり。上智は教へずしてよし、下愚は教へても改め難しと云へども、悪を制すれば面は改まる。世に多きは中人なり。中人の性は、教ふれば善人となり、教へざれば不善人となる。故に教なくんばあるべからず。
書き下し
一父母やはらかにして、子を愛し過せば、子怠りて父母を侮り、慎まずして行儀あしく、気随にして身の行あしく、道に背く。父たる者、威ありて恐るべく、行儀ありて手本になるべければ、子たる者恐れ慎みて、行儀正しく、孝をつとむる故に、父子和睦す。子の賢不肖、多くは父母のしわざなり。父母いるがせにして、子の悪しきをゆるせば、悪を長ぜしめ、不義におちいる。是子を愛するに非ずして、かへりて子をそこなふなり。子を育つるに、幼きより能く教へ戒めても悪しきは、誠に天性の悪しきなり。世の人、多くは愛に過ぎておごらしめ、悪を戒めざるゆゑ、習ひて性となり、終に不肖の子となる者多し。世に上智と下愚とはまれなり。上智は教へずしてよし、下愚は教へても改め難しと云へども、悪を制すれば面は改まる。世に多きは中人なり。中人の性は、教ふれば善人となり、教へざれば不善人となる。故に教なくんばあるべからず。
現代語訳
父母が柔らかで子を愛し過ぎれば、子は怠けて父母を侮り、慎まずに行儀が悪く、気ままで身の行いが悪く、道に背きます。父が威厳があって恐れられ、行儀があって手本になれば、子は恐れ慎んで行儀が正しく、孝を勤めるので、父子が和やかになります。子の賢さ愚かさは、多くは父母のしわざです。父母がいい加減で子の悪いところを許せば、悪を増長させ、不義に陥ります。これは子を愛するのではなく、かえって子を損なうことです。子を育てるのに、幼い時からよく教え戒めても悪いのは、本当に天性が悪いのです。世の人は多く、愛が過ぎて驕らせ、悪を戒めないので、それが習いとなって性となり、ついに不肖の子となる者が多いのです。世に上智(すぐれて賢い人)と下愚(はなはだ愚かな人)はまれです。上智は教えなくてもよく、下愚は教えても改めにくいと言いますが、悪を抑えれば表面は改まります。世に多いのは中人(普通の人)です。中人の性は、教えれば善人となり、教えなければ善くない人になります。ですから教えがなくてはなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡子を教ふるには、父母厳にきびしければ、子たる者おそれ慎みて、親の教を聞きてそむかず。是を以て孝の道行はる。父母やはらかにして厳ならず、愛過ぐれば、子たる者父母を恐れずして、教行はれず、いましめを守らず。是を以て、父母を侮りて孝の道立たず。婦人又は愚なる人は、子を育つる道を知らで、常に子をおごらしめ、気随なるをいましめざる故、其おごり年の長ずるにしたがひていよいよ增す。凡夫は心くらくして、子に迷ひ、愛におぼれて、其子の悪しき事を知らず。古歌に、人の親の心はやみにあらねども、子を思ふ道にまよひぬるかな。とよめり。唐土の諺に、人其子の悪しきを知る事なしと云へるが如し。姑息の愛過ぐれば、たとひ悪しき事を見つけても、ゆるしていましめず。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下此の如くすれば、子弟我が非分なる事をば忘れて、父兄のいましめを怒り恨み、そむきて随はず、かへつて父子兄弟の間も不和になり、相破れて、恩をそこなふに至る。唯従容として厳正に教へ、幾度もくり返し、やうやく告げ戒むべし。是子弟を教へ、人材を養ひ成す法なり。父兄となれる人は、此心得あるべし。子弟となる人は、父兄の怒甚しく、悪口して責め恥めらるるとも、いよいよ恐れ慎みて、つゆばかりも怒り恨むべからず。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上或は小児の気にさからひたる者をば、理をまげて小児の非をそだて、そらうちなどすれば、驕慢の心いでくるものなり。小児をもてあそびて、我が心を慰めんが為に、様々の詞にて、そびやかし苦め、いかり争はしめて、ひがみまがれる心をつけ、貪りねたむ心ざしを引出す。しかのみならず、父母の愛過ぐる故、あまえて父母を恐れず、兄を蔑にし、家人を苦め、よろづ恣にして人を侮る。いましむべき事をかへりてすすめ、咎むべき事をかへりて笑ひ悦び、色々あしき事どもを見聞かせ、言ひならはせ、しならはせて、やうやく年長じ、智恵いでくる時に至りて、俄に始ていましむれども、其悪しきならはし、年と共に長じ、久しくならひ染みて、本性も等しくなりにたれば、諫を用ひず。幼き時に教なく、年長じて俄に諫むれども随はざれば、本性悪しく生れつきたるとのみ思ふ事、いとおろかに、まどひの深き事ならずや。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上凡人の親となるものは、我が子にまさる宝なしと思へど、其子の悪しき方に移りて後は、身を失ふかねて弁へず、居ながら其子の悪におち入るを見れども、我が教なくして、悪しくなりたる事をば知らで、唯子の幸なきとのみ思へり。又其母は、子の悪しき事を父に知らせず、常に子のあやまちをおほひ隠すゆる、父は其子のあしきを知らで、いましめざれば、悪つひに長じて、一生不肖の子となり、或は家と身とを保たず。あさましき事ならずや。程子の母の曰、子の不肖なるゆゑは、母其あやまちをおほひて、父知らざるによれりと云へるもむべなり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡小児の教は早くすべし。然るに凡俗の智なき人は、小児を早く教ふれば、気くじけてあしし、唯其心に任せて置くべし、後に智恵出来れば、ひとりよくなると言ふ。これ必愚なる人の言ふことなり。此言大なる妨なり。古人は、小児のはじめて能く食し、ものいふ時より、早く教ふ。遅く教ふれば、悪しき事を久しく見聞きて、先入の言、心の内に早く主となりては、後に善き事を教ふれどもうつらず。故に早く教ふれば入り易し。常に善き事を見せしめ聞かしめて、善き事にそみ習はしむべし。おのづから善にすすみやすし。悪しき事も、少しなる時早くいましむれば、去り易し、悪長じては、去り難し。古語に、両葉去らずんば将に斧柯を用ひんとすといへるがことし。婦人及び無学の俗人は、小児を愛する道を知らず、姑息のみにして、唯うまきものを多く食はせ、よき衣をあたたかに著せ、ほしいままに育つるをのみ、其子を愛すると思へり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、早く父母兄長に事へ、賓客に対して、礼を勤め、読書、手習、芸能を勤めまなびて、悪しき方に移るべきいとまなく苦労さすべし。はかなき遊にひまを費さしめて、ならはし悪しくすべからず。衣服、飲食、器物、居処、僕従に至るまで、其家の位よりまどしくばうそくにして、もてなしうすく、心のままならざるがよし。幼き時艱難に習へば、年たけて難苦に堪へやすく、忠孝の勤を苦まず、病少なく驕なくして、放逸ならず。能く家を保ちて、一生の間、幸となり、後の楽多し。もし不意の変にあひ、貧窮に至り、或は戦場に出でても、身の苦なし。斯の如く子を育つるは、誠によく子を愛するなり。又幼少より養豊かにして、もてなしあつく、心のままにして安楽なれば、おごりにならひ、私慾多くして、病多く、艱難に堪へず、父母に事へ君に仕ふるに、勤を苦みて、忠孝も行ひ難く、学問芸能の勤成り難し。
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