和俗童子訓 / 巻之二・総論下
かやうの人は、おいさきよからず、人に及ぶこと難し。古人のいはゆる、下士は道を聞きて大に笑ふと云へる、是なり、かやうの人には、交り近づくべからず。必惡しき方にながる。蒲生氏鄕いとけなき時、佐々木氏より人質として、信長卿に來り仕へられし時、信長の前にて、老人の軍物語するを、耳を傾けて聽かれける。或人是を見て、此童たゞ人にあらず、後は必名士ならんと云ひしが、果して英雄にてぞありける。凡若き人は、老人の古き物語を好み聞きて、覺え置くべし。若き時は、多くは古き物語を聞く事をきらふ。いましむべし。又若き時、我が先祖の事知れる人あらば、能く問ひ尋ねて、記しおくべし。若かくの如くにせず、うかと聞きては覺えず、年たけて後、先祖の事を知りたく思へども、知れる人旣になくなりにたれば、問ひて聞くべきやうなし、後悔にたへず。子孫たる人、我がおや先祖の事を知らざるは、無下におろそかなり。況や父祖の善行武功など有るを、其子孫知らず、知れども顯さざるは愚なり、大不孝とすべし。
新字:かやうの人は、おいさきよからず、人に及ぶこと難し。古人のいはゆる、下士は道を聞きて大に笑ふと云へる、是なり、かやうの人には、交り近づくべからず。必悪しき方にながる。蒲生氏郷いとけなき時、佐々木氏より人質として、信長卿に来り仕へられし時、信長の前にて、老人の軍物語するを、耳を傾けて聴かれける。或人是を見て、此童たゞ人にあらず、後は必名士ならんと云ひしが、果して英雄にてぞありける。凡若き人は、老人の古き物語を好み聞きて、覚え置くべし。若き時は、多くは古き物語を聞く事をきらふ。いましむべし。又若き時、我が先祖の事知れる人あらば、能く問ひ尋ねて、記しおくべし。若かくの如くにせず、うかと聞きては覚えず、年たけて後、先祖の事を知りたく思へども、知れる人既になくなりにたれば、問ひて聞くべきやうなし、後悔にたへず。子孫たる人、我がおや先祖の事を知らざるは、無下におろそかなり。況や父祖の善行武功など有るを、其子孫知らず、知れども顕さざるは愚なり、大不孝とすべし。
書き下し
かやうの人は、おいさきよからず、人に及ぶこと難し。古人のいはゆる、下士は道を聞きて大に笑ふと云へる、是なり、かやうの人には、交り近づくべからず。必悪しき方にながる。蒲生氏郷いとけなき時、佐々木氏より人質として、信長卿に来り仕へられし時、信長の前にて、老人の軍物語するを、耳を傾けて聴かれける。或人是を見て、此童ただ人にあらず、後は必名士ならんと云ひしが、果して英雄にてぞありける。凡若き人は、老人の古き物語を好み聞きて、覚え置くべし。若き時は、多くは古き物語を聞く事をきらふ。いましむべし。又若き時、我が先祖の事知れる人あらば、能く問ひ尋ねて、記しおくべし。若かくの如くにせず、うかと聞きては覚えず、年たけて後、先祖の事を知りたく思へども、知れる人既になくなりにたれば、問ひて聞くべきやうなし、後悔にたへず。子孫たる人、我がおや先祖の事を知らざるは、無下におろそかなり。況や父祖の善行武功など有るを、其子孫知らず、知れども顕さざるは愚なり、大不孝とすべし。
現代語訳
このような人は将来がよくなく、人に及ぶことは難しいのです。古人の言う「下士は道を聞きて大いに笑う」とはこのことです。このような人とは交わり近づいてはなりません。必ず悪い方へ流れます。蒲生氏郷が幼い時、佐々木氏から人質として織田信長公のもとに来て仕えていた時、信長の前で老人が戦の話をするのを、耳を傾けて聴いていました。ある人がこれを見て「この子はただ者ではない。後にはきっと名士になるだろう」と言いましたが、はたして英雄となりました。およそ若い人は、老人の昔話を好んで聞いて覚えておきなさい。若い時は、多くは昔話を聞くのを嫌います。戒めなさい。また若い時に、自分の先祖のことを知っている人がいれば、よく尋ねて書き記しておきなさい。もしそうせずに、うかうかと聞き流して覚えなければ、年を取ってから先祖のことを知りたいと思っても、知っている人はすでに亡くなっていて、尋ねて聞くすべもなく、後悔に堪えません。子孫である人が自分の親や先祖のことを知らないのは、まことにおろそかです。まして父祖に善行や武功などがあるのを、その子孫が知らず、知っていても世に表さないのは愚かで、大不孝とすべきです。
解説
この章句が説くこと
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