和俗童子訓 / 巻之一・総論上
或は小兒の氣にさからひたる者をば、理をまげて小兒の非をそだて、そらうちなどすれば、驕慢の心いでくるものなり。小兒をもてあそびて、我が心を慰めんが爲に、樣々の詞にて、そびやかし苦め、いかり爭はしめて、ひがみまがれる心をつけ、貪りねたむ心ざしを引出す。しかのみならず、父母の愛過ぐる故、あまえて父母を恐れず、兄を蔑にし、家人を苦め、よろづ恣にして人を侮る。いましむべき事をかへりてすゝめ、咎むべき事をかへりて笑ひ悅び、色々あしき事どもを見聞かせ、言ひならはせ、しならはせて、やうやく年長じ、智惠いでくる時に至りて、俄に始ていましむれども、其惡しきならはし、年と共に長じ、久しくならひ染みて、本性も等しくなりにたれば、諫を用ひず。幼き時に敎なく、年長じて俄に諫むれども隨はざれば、本性惡しく生れつきたるとのみ思ふ事、いとおろかに、まどひの深き事ならずや。
新字:或は小児の気にさからひたる者をば、理をまげて小児の非をそだて、そらうちなどすれば、驕慢の心いでくるものなり。小児をもてあそびて、我が心を慰めんが為に、様々の詞にて、そびやかし苦め、いかり争はしめて、ひがみまがれる心をつけ、貪りねたむ心ざしを引出す。しかのみならず、父母の愛過ぐる故、あまえて父母を恐れず、兄を蔑にし、家人を苦め、よろづ恣にして人を侮る。いましむべき事をかへりてすゝめ、咎むべき事をかへりて笑ひ悦び、色々あしき事どもを見聞かせ、言ひならはせ、しならはせて、やうやく年長じ、智恵いでくる時に至りて、俄に始ていましむれども、其悪しきならはし、年と共に長じ、久しくならひ染みて、本性も等しくなりにたれば、諫を用ひず。幼き時に教なく、年長じて俄に諫むれども随はざれば、本性悪しく生れつきたるとのみ思ふ事、いとおろかに、まどひの深き事ならずや。
書き下し
或は小児の気にさからひたる者をば、理をまげて小児の非をそだて、そらうちなどすれば、驕慢の心いでくるものなり。小児をもてあそびて、我が心を慰めんが為に、様々の詞にて、そびやかし苦め、いかり争はしめて、ひがみまがれる心をつけ、貪りねたむ心ざしを引出す。しかのみならず、父母の愛過ぐる故、あまえて父母を恐れず、兄を蔑にし、家人を苦め、よろづ恣にして人を侮る。いましむべき事をかへりてすすめ、咎むべき事をかへりて笑ひ悦び、色々あしき事どもを見聞かせ、言ひならはせ、しならはせて、やうやく年長じ、智恵いでくる時に至りて、俄に始ていましむれども、其悪しきならはし、年と共に長じ、久しくならひ染みて、本性も等しくなりにたれば、諫を用ひず。幼き時に教なく、年長じて俄に諫むれども随はざれば、本性悪しく生れつきたるとのみ思ふ事、いとおろかに、まどひの深き事ならずや。
現代語訳
あるいは、子どもの気に逆らった者を、理を曲げて子どもの非を助長し、叩くまねなどをしてみせると、驕り高ぶる心が出てくるものです。子どもをもてあそんで自分の心を慰めるために、いろいろな言葉でおだてたりいじめたり、怒らせて争わせたりして、ひねくれた心をつけ、貪りねたむ気持ちを引き出します。そればかりか、父母の愛が過ぎるために、甘えて父母を恐れず、兄をないがしろにし、家の者を苦しめ、何事も思うままにして人を侮ります。戒めるべきことをかえって勧め、とがめるべきことをかえって笑って喜び、いろいろな悪いことを見聞きさせ、言い慣れさせ、し慣れさせて、ようやく年長じ、知恵が出てくる頃になって、急に初めて戒めても、その悪い習わしは年とともに成長し、長く習い染みて本性と同じになってしまっているので、諫めを聞き入れません。幼い時に教えがなく、年長じてから急に諫めても従わないのを見て、生まれつき性質が悪いのだとばかり思うのは、まことに愚かで、迷いの深いことではないでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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『和俗童子訓』巻之一・総論上第一いつはれる事、次に気随にてほしいままなる事を、早くいましめて、必いつはり恣なる事をゆるすべからず。やんごとなき大家の子は、殊に早くいましめ教へざれば、年長じては、勢強く位高くして、諫め難し。凡小児のあしくなりぬるは、父母乳母かしづきなるる人の、教の道知らずして、其あしき事をゆるし、したがひほめて、其子の本性を害ふ故なり。或は暫く泣く声を止めんとて、あざむきすかして、姑息の愛をなす。其事誠ならざれば、則是偽を教ふるなり。又たはぶれに恐しき事どもを云聞かせ、よりよりおどしいるれば、後に臆病の癖となる。武士の子は、殊に是をいましむべし。幽霊、ばけもの、怪く誠なき物語、必いましめて聞かしむべからず。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡小児の教は早くすべし。然るに凡俗の智なき人は、小児を早く教ふれば、気くじけてあしし、唯其心に任せて置くべし、後に智恵出来れば、ひとりよくなると言ふ。これ必愚なる人の言ふことなり。此言大なる妨なり。古人は、小児のはじめて能く食し、ものいふ時より、早く教ふ。遅く教ふれば、悪しき事を久しく見聞きて、先入の言、心の内に早く主となりては、後に善き事を教ふれどもうつらず。故に早く教ふれば入り易し。常に善き事を見せしめ聞かしめて、善き事にそみ習はしむべし。おのづから善にすすみやすし。悪しき事も、少しなる時早くいましむれば、去り易し、悪長じては、去り難し。古語に、両葉去らずんば将に斧柯を用ひんとすといへるがことし。婦人及び無学の俗人は、小児を愛する道を知らず、姑息のみにして、唯うまきものを多く食はせ、よき衣をあたたかに著せ、ほしいままに育つるをのみ、其子を愛すると思へり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡子を教ふるには、父母厳にきびしければ、子たる者おそれ慎みて、親の教を聞きてそむかず。是を以て孝の道行はる。父母やはらかにして厳ならず、愛過ぐれば、子たる者父母を恐れずして、教行はれず、いましめを守らず。是を以て、父母を侮りて孝の道立たず。婦人又は愚なる人は、子を育つる道を知らで、常に子をおごらしめ、気随なるをいましめざる故、其おごり年の長ずるにしたがひていよいよ增す。凡夫は心くらくして、子に迷ひ、愛におぼれて、其子の悪しき事を知らず。古歌に、人の親の心はやみにあらねども、子を思ふ道にまよひぬるかな。とよめり。唐土の諺に、人其子の悪しきを知る事なしと云へるが如し。姑息の愛過ぐれば、たとひ悪しき事を見つけても、ゆるしていましめず。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、年長ずるに至るまで、父となり、かしづきとなる者、子のすき好む事ごとに心をつけて、えらびて好に任すべからず。好む所に打任せて、善悪をえらばざれば、多くは悪しきすぢに入りて、後はくせとなる。一たび悪しき方にうつりては、取返してよき方にうつらず、いましめても改まらず、一生の間止み難し。故に未だ染まざる内に、早くいましむべし。油断して、其子の好む所に任すべからず。殊に高家の子は、物事豊かに自由なる故に、好む方に心早くうつり易くして、おぼれ易し。早くいましめざれば、後にそみ入りては、諫め難く、立帰り難し。又悪しからざる事も、勝れて深く好む事は、必害となる。故に子を育つるには、油断して其好に任すべからず。早くいましむべし。おろそかにすべからず。予するを先とするは、此故也。
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『益軒家訓』幼児須教又恐しき事どもにて、よりよりおどしいるれば、後には臆病の癖となる。武士の子は殊に是を誡むべし。又小児の才行芸能を誉むれば、驕慢の心出来、屡々誹れば退屈して不進。能く教ふる者は、進めて矜らしめず、教の道を知らざる人は、万ほしきままにして、可誡事を却て進め、可咎事を却て笑ひ悦び、さまざま悪しき事を見聞せ、言ひ習はせ仕習はせて、漸く其悪しきならはし年と共に長ずるに至て、俄に誡むれども、久敷習ひ染て、本性のごとくなりたれば聴かず。是において、本性悪敷生れつきたるとのみ思ふ事、いと愚なる事ならずや。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡小児を育つるには、始て生れたる時、乳母を求むるに、必温和にして慎み、まめやかに詞少き者をえらぶべし。乳母の外、附き随ふ者をえらぶも、大やう斯の如くなるべし。始て飯を喰ひ、ものを言ひ、人の面を見て悦びいかる心を知る時より、常に其事に随ひて、時々教ふれば、ややおとなしく成りて、いましむる事易し。故に幼き時より、早く教ふべし。もし教へいましむる事おそくして、悪しき事をおほく見習ひ聞習ひ、くせになり僻事出来て後、教へいましむれども、始より心にそみ入りたる悪しき事、心の内に早くあるじとなりぬれば、あらためて善に移ること難し。たとへば小児の手習するに、始風体あしき手本を習へば、後に能き手をならひても移り難く、生改め難きがごとし。
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