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和俗童子訓 / 巻之二・総論下

一凡子弟年若き輩、惡しき友に交りて、心うつり行けば、酒色にふけり、淫樂を好み、放逸に流れ、淫行を行ひ、一かたに惡しき道に赴きて、よき事を好まず、孝弟を行ひ、家業を勤め、書を讀み、藝術を習ふ事をきらひ、少しの勤もむつかしがりて、頭いたく氣なやむなど云ひ、萬のつとむべき業をば、皆氣つまるとて勤めず。父母は愛に溺れて、唯其氣隨に任せて放逸を免しぬれば、いよいよ其心ほしいまゝになりて、習ひて性となりぬれば、よき事をきらひむつかしがりて、氣つまり病起ると云ひて勤めず。中にも、書き讀む事を深くきらふ。凡氣のつまるといふ事、皆よき事をきらひ、むつかしく思へる氣隨より起れる病なり。我がすき好める事には、終日終夜心を盡し力を用ひても氣つまらず。

新字:一凡子弟年若き輩、悪しき友に交りて、心うつり行けば、酒色にふけり、淫楽を好み、放逸に流れ、淫行を行ひ、一かたに悪しき道に赴きて、よき事を好まず、孝弟を行ひ、家業を勤め、書を読み、芸術を習ふ事をきらひ、少しの勤もむつかしがりて、頭いたく気なやむなど云ひ、万のつとむべき業をば、皆気つまるとて勤めず。父母は愛に溺れて、唯其気随に任せて放逸を免しぬれば、いよいよ其心ほしいまゝになりて、習ひて性となりぬれば、よき事をきらひむつかしがりて、気つまり病起ると云ひて勤めず。中にも、書き読む事を深くきらふ。凡気のつまるといふ事、皆よき事をきらひ、むつかしく思へる気随より起れる病なり。我がすき好める事には、終日終夜心を尽し力を用ひても気つまらず。

書き下し

一凡子弟年若き輩、悪しき友に交りて、心うつり行けば、酒色にふけり、淫楽を好み、放逸に流れ、淫行を行ひ、一かたに悪しき道に赴きて、よき事を好まず、孝弟を行ひ、家業を勤め、書を読み、芸術を習ふ事をきらひ、少しの勤もむつかしがりて、頭いたく気なやむなど云ひ、万のつとむべき業をば、皆気つまるとて勤めず。父母は愛に溺れて、唯其気随に任せて放逸を免しぬれば、いよいよ其心ほしいままになりて、習ひて性となりぬれば、よき事をきらひむつかしがりて、気つまり病起ると云ひて勤めず。中にも、書き読む事を深くきらふ。凡気のつまるといふ事、皆よき事をきらひ、むつかしく思へる気随より起れる病なり。我がすき好める事には、終日終夜心を尽し力を用ひても気つまらず。

現代語訳

およそ子弟で年若い者が、悪い友と交わって心が移っていくと、酒色にふけり、淫らな音楽を好み、放逸に流れ、淫らな行いをし、ひたすら悪い道に赴いて、よいことを好まず、孝弟を行い、家業を勤め、書物を読み、技芸を習うことを嫌い、少しの勤めも面倒がって、「頭が痛い、気分が悪い」などと言い、勤めるべきあらゆる仕事を、皆「気がつまる」と言って勤めません。父母は愛に溺れて、ただその気ままに任せて放逸を許してしまうので、いよいよその心はほしいままになり、習いが性となってしまうと、よいことを嫌い面倒がって、「気がつまって病気になる」と言って勤めません。中でも、書き読みすることをひどく嫌います。およそ「気がつまる」ということは、皆よいことを嫌い、面倒に思う気ままから起こる病です。自分の好きなことには、一日中、一晩中、心を尽くし力を用いても気はつまりません。

解説

勤めを嫌う若者の口実「気がつまる」を取り上げた条です。悪い友に染まった子が、孝弟も家業も読書も「頭が痛い」「気がつまる」と言って避け、親が愛に溺れて許すと習いが性になる、と益軒は描きます。そして、好きなことなら夜通しでも気がつまらないのだから、それは病ではなく気ままだと喝破します。気の滞りを重んじる医学の知識を持つ益軒だからこそ、本物の病と口実を見分けているのが興味深い点です。勉強や仕事を避ける言い訳に向き合う親や上司にとっても、考えさせられる指摘です。

この章句が説くこと

気怠け勤め気まま学問

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