和俗童子訓 / 巻之一・総論上
一富貴の家の子に生れては、幼き時より、世のもてなし人の敬あつくして、よろづ豐かに心のまゝにて、世界の榮花にのみふけるならはしなれば、恐れ愼む心なく、おごり日々に長じ易く、戲遊を好み、人の諫をきらひ惡む。況や學問などに身を苦めん事は、いと堪へ難くて、富貴の人のするわざにあらずと思ひ、むつかしくいたづがはしとて、うとんじ嫌ふ。かゝる故に、おごりをおさへて、身をへり下り、心をひそめ、師を尊び、古を考へずんば、いかにしてか心智をひらきて、身を修め人を治むる道を知るべきや。
新字:一富貴の家の子に生れては、幼き時より、世のもてなし人の敬あつくして、よろづ豊かに心のまゝにて、世界の栄花にのみふけるならはしなれば、恐れ慎む心なく、おごり日々に長じ易く、戯遊を好み、人の諫をきらひ悪む。況や学問などに身を苦めん事は、いと堪へ難くて、富貴の人のするわざにあらずと思ひ、むつかしくいたづがはしとて、うとんじ嫌ふ。かゝる故に、おごりをおさへて、身をへり下り、心をひそめ、師を尊び、古を考へずんば、いかにしてか心智をひらきて、身を修め人を治むる道を知るべきや。
書き下し
一富貴の家の子に生れては、幼き時より、世のもてなし人の敬あつくして、よろづ豊かに心のままにて、世界の栄花にのみふけるならはしなれば、恐れ慎む心なく、おごり日々に長じ易く、戯遊を好み、人の諫をきらひ悪む。況や学問などに身を苦めん事は、いと堪へ難くて、富貴の人のするわざにあらずと思ひ、むつかしくいたづがはしとて、うとんじ嫌ふ。かかる故に、おごりをおさへて、身をへり下り、心をひそめ、師を尊び、古を考へずんば、いかにしてか心智をひらきて、身を修め人を治むる道を知るべきや。
現代語訳
富貴の家の子に生まれると、幼い時から世間のもてなしや人の敬いが厚く、何事も豊かで思うままで、世の栄華にばかりふける習いなので、恐れ慎む心がなく、驕りが日々に増しやすく、遊びを好み、人の諫めを嫌い憎みます。まして学問などで身を苦しめることは、とても堪えがたく、富貴の人のすることではないと思い、面倒で煩わしいと言って、うとんじ嫌います。そういうわけで、驕りを抑え、身をへりくだり、心を静め、師を尊び、古えを考えなければ、どうして心の知恵を開いて、身を修め人を治める道を知ることができるでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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