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和俗童子訓 / 巻之一・総論上

專一ならざれば、直に遂ぐること能はずとて、學問し道を學ぶには、專一に勤めざれば、多岐の迷とて、あなたこなたに心うつりて、よき方に行きとゞかざるものなり。專一にするは、人丸の歌に、とにかくに物は思はず、飛驒工うつ墨繩の唯一すぢに。とよめるが如くなるべし。

新字:専一ならざれば、直に遂ぐること能はずとて、学問し道を学ぶには、専一に勤めざれば、多岐の迷とて、あなたこなたに心うつりて、よき方に行きとゞかざるものなり。専一にするは、人丸の歌に、とにかくに物は思はず、飛驒工うつ墨縄の唯一すぢに。とよめるが如くなるべし。

書き下し

専一ならざれば、直に遂ぐること能はずとて、学問し道を学ぶには、専一に勤めざれば、多岐の迷とて、あなたこなたに心うつりて、よき方に行きとどかざるものなり。専一にするは、人丸の歌に、とにかくに物は思はず、飛驒工うつ墨縄の唯一すぢに。とよめるが如くなるべし。

現代語訳

「専一でなければ、まっすぐに成し遂げることはできない」と言って、学問をし道を学ぶには、専一に勤めなければ、「多岐の迷い」といって、あちらこちらに心が移って、よい方に行き届かないものです。専一にするというのは、柿本人麻呂の歌に「とにかくに物は思はず、飛騨工うつ墨縄の唯一すぢに」と詠んでいるようであるべきです。

解説

学問は一筋に専念せよと説く短い条です。「多岐の迷い」は、分かれ道が多くて羊を見失ったという列子の「多岐亡羊」の故事を踏まえた言葉です。締めくくりに引かれる歌は、飛騨の匠が墨縄で打つ一本の線のように、あれこれ思わずただ一筋に、という意味で、人麻呂の作として伝えられています。あれもこれもと手を広げて何も身につかないという悩みは、情報や選択肢の多い現代にこそ切実で、一つのことを深く続ける大切さを思い出させてくれます。

この章句が説くこと

専一学問集中和歌道

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