和俗童子訓 / 巻之一・総論上
專一ならざれば、直に遂ぐること能はずとて、學問し道を學ぶには、專一に勤めざれば、多岐の迷とて、あなたこなたに心うつりて、よき方に行きとゞかざるものなり。專一にするは、人丸の歌に、とにかくに物は思はず、飛驒工うつ墨繩の唯一すぢに。とよめるが如くなるべし。
新字:専一ならざれば、直に遂ぐること能はずとて、学問し道を学ぶには、専一に勤めざれば、多岐の迷とて、あなたこなたに心うつりて、よき方に行きとゞかざるものなり。専一にするは、人丸の歌に、とにかくに物は思はず、飛驒工うつ墨縄の唯一すぢに。とよめるが如くなるべし。
書き下し
専一ならざれば、直に遂ぐること能はずとて、学問し道を学ぶには、専一に勤めざれば、多岐の迷とて、あなたこなたに心うつりて、よき方に行きとどかざるものなり。専一にするは、人丸の歌に、とにかくに物は思はず、飛驒工うつ墨縄の唯一すぢに。とよめるが如くなるべし。
現代語訳
「専一でなければ、まっすぐに成し遂げることはできない」と言って、学問をし道を学ぶには、専一に勤めなければ、「多岐の迷い」といって、あちらこちらに心が移って、よい方に行き届かないものです。専一にするというのは、柿本人麻呂の歌に「とにかくに物は思はず、飛騨工うつ墨縄の唯一すぢに」と詠んでいるようであるべきです。
解説
学問は一筋に専念せよと説く短い条です。「多岐の迷い」は、分かれ道が多くて羊を見失ったという列子の「多岐亡羊」の故事を踏まえた言葉です。締めくくりに引かれる歌は、飛騨の匠が墨縄で打つ一本の線のように、あれこれ思わずただ一筋に、という意味で、人麻呂の作として伝えられています。あれもこれもと手を広げて何も身につかないという悩みは、情報や選択肢の多い現代にこそ切実で、一つのことを深く続ける大切さを思い出させてくれます。
この章句が説くこと
専一学問集中和歌道
関連する章句
-
『文武訓』文訓上之末一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきき覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
-
『文武訓』文訓下一文学ひろく、聖賢の書をあまねく読んでも、道を知らざる人古今多し。斯くひろく聖賢の書を読んでは、道を知るべくして知らざるは、志なく聰明なきゆゑなり。文学に通ぜず、聖賢の書を多く読まずして、道を知れらん人は古今これなし。是道理のなき所なり。舟橋なくして海河をわたり、梯なくして高きに登らんとするが如し。近世、種の学問文学をせずして、聖学をせんとするも、文学して義理を知らざるも同じ。たとへば歌学をせずして、和歌のあしき人はあり。歌学なくしてうたよく詠む人はなきが如し。但学問なく、すこし師の口伝をききて、頗心ををさめんとする人あり。是亦聴かざるに遥にまされり。稊稗の熟するは、五穀の熟せざるにまされるが如し。
-
『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、其所は、師たる人も、さつぱりとは済ねども、此は聖人のことにて、今の学者の知るべき所に非ず、忠恕のことなりと云て、此うへのことは、決して沙汰なきことなり。答、汝は今の学者の知るべき所に非ずと云。聖人の教は、古今に通じて変ことなし。今と古とを分るは、仏氏の末世と云教なり。混雑すべからず。扨孔子、適も無く莫も無しとの玉ひ、又顔淵の、前に在りと思へば忽焉として後に在りとの玉ひ、孟子、道は一のみとの玉ふ。加様の類多し。汝はいかゞ心得居られ候や。
-
『慎思録』巻之四食は以て生を養ふ。饕餮なる者は此を以て生を傷る。薬は以て人を救ふ。庸医は此を以て人を殺す。学は以て性を治む。小人は此を以て性を傷る。此の三者は、本是れ人を益するの物事なり。然り而して人を害すること此の如きは、之を用ふるの其の道を失ふに由るなり。
-
『慎思録』巻之一人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ。知りて行ふこと能はざれば、知らざると同じ。故に人為る者は、必ず学ばざるべからず。学を為す者は、必ず道を知らざるべからず。道を知る者は、必ず行はざるべからず。道を知ること至つて難し。古より英才敦行の士、多からずと為さず。然れども道を知る者は鮮し。学問思弁の功、闕くべからざる所以なり。
-
『五常訓』巻之一・総論一およそ人となるものは、万物にすぐれ、五常の性を生れつき、道あるものなれども、食を飽くまでくらひ、衣を暖かに著、家をかまへて、身を安くしたるまでにて、道の教なければ、形は人なりといへども、其心、其行は、禽獣に近きこそうらめしけれ。古の聖人、是をうれひ給ひて、学校をたて、師をたてて、人たるの道を教へ学ばしめ給ふ。されば事の急ならざるやうにて、いたりて大切なる事は、学問よりおもきは無し。如何となれば、道はしばらくも離るべからず。人学問なく、道を知らざれば、人の道たたず。人と斯く生れつきたるかひなし。人生ふたたび得がたし。道を学ばずして、空しく過すべからず。ここを以て、朝に道を聞きては、夕に死すとも可なりと聖人ものたまへり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る