和俗童子訓 / 巻之一・総論上
一禮は天地の常にして、人の則なり。卽人の作法を云へり。禮なければ、人間の作法にあらず、禽獸に同じ。故に幼より禮をつゝしみて守るべし。人のわざ、事ごとに皆禮あり。萬の事、禮あればすぢめよくして行はれ易く、心も亦定りて安し。禮なければ、筋目違ひ亂れて行はれず、心も亦安からず。故に禮を行はずんばあるべからず。小兒の時より、和禮の法に從ひて、立居振舞飮食酒茶の禮、拜禮など敎ふべし。
新字:一礼は天地の常にして、人の則なり。即人の作法を云へり。礼なければ、人間の作法にあらず、禽獣に同じ。故に幼より礼をつゝしみて守るべし。人のわざ、事ごとに皆礼あり。万の事、礼あればすぢめよくして行はれ易く、心も亦定りて安し。礼なければ、筋目違ひ乱れて行はれず、心も亦安からず。故に礼を行はずんばあるべからず。小児の時より、和礼の法に従ひて、立居振舞飲食酒茶の礼、拝礼など教ふべし。
書き下し
一礼は天地の常にして、人の則なり。即人の作法を云へり。礼なければ、人間の作法にあらず、禽獣に同じ。故に幼より礼をつつしみて守るべし。人のわざ、事ごとに皆礼あり。万の事、礼あればすぢめよくして行はれ易く、心も亦定りて安し。礼なければ、筋目違ひ乱れて行はれず、心も亦安からず。故に礼を行はずんばあるべからず。小児の時より、和礼の法に従ひて、立居振舞飲食酒茶の礼、拝礼など教ふべし。
現代語訳
礼は天地の常の道であり、人の守るべき規範です。つまり人の作法のことを言います。礼がなければ人間の作法ではなく、鳥や獣と同じです。ですから幼い時から礼を慎んで守りなさい。人のすることには、事ごとに皆礼があります。何事も礼があれば筋目が整って行いやすく、心もまた定まって安らかです。礼がなければ筋目が違い乱れて行われず、心もまた安らかではありません。ですから礼を行わないわけにはいきません。子どもの時から日本の礼法に従って、立ち居振る舞い、飲食や酒・茶の作法、拝礼などを教えなさい。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第六章 禮儀・礼道の要は心を練るにあり予も亦た、或はスペンサー氏の社会学論理法に倣ひて、我国の礼法の源頭に溯り、其由つて来れる進化の次第経路を繹ぬるを得ん。されどかくの如きは本書の任とする所にあらずして、予はただここに、礼を厳守することの含有せる徳育を主眼として、之を説かんとするものなり。既に云へるが如く、礼の道は精緻を極めて、委曲繊巧となりたるよりして、遂に作法を異にせる多岐の流派を生ずるに至りたりと雖、此等は要するに其大旨に於て、ついに帰を同じうせざるは無く、其極意は、小笠原流礼法の宗家たる小笠原清務氏の語る所によりて明かなり。曰く、『礼道の要は、心を練るにあり。礼を以て端坐すれば、兇人、剣を取りて向ふとも、害を加ふること能はず』と。
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言志四録・言志後録 第百七十五条 物は人の心を以て心と為す物に心無し、人の心を以て心と為す。故に人の贈る所の物は、必ず其の人と気を同じくす。失意の人物を贈れば、物は失意を以て心と為す。豪奢の人物を贈れば、物は豪奢を以て心と為す。喪人物を贈れば、物は喪を以て心と為す。佞人物を贈れば、物は佞を以て心と為す。但だ名有るの贈遺は、受けざるを得ず。而れども其の物と其の心と感通すること是くの如くなれば、則ち我屑しとして受けざる所有り。唯だ君父の賜ふ所、正人君子の贈る所は、微物と雖も甚だ敬重するに足るのみ。
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