和俗童子訓 / 巻之一・総論上
一小兒の時、紙鳶をあげ、破魔弓を射、狛をまはし、毬打の玉を打ち、てまりをつき、端午に旗人形を立つる、女兒の羽子をつき、天兒をいだき、雛をもてあそぶの類は、ただ幼き時好めるはかなき戲にて、年漸く長じて後は、必捨るものなれば、心術に於て害なし。大やう其好に任すべし。されど、費多く、かざり過し、好み過さば、戒むべし。ばくちに似たる遊は、なさしむべからず。小兒の遊を好むは、常の情なり。道に害なき業ならば、あながちに抑へかゞめて、其氣を屈せしむべからず。唯後にすたらざる遊好は、打任せ難し。
新字:一小児の時、紙鳶をあげ、破魔弓を射、狛をまはし、毬打の玉を打ち、てまりをつき、端午に旗人形を立つる、女児の羽子をつき、天児をいだき、雛をもてあそぶの類は、ただ幼き時好めるはかなき戯にて、年漸く長じて後は、必捨るものなれば、心術に於て害なし。大やう其好に任すべし。されど、費多く、かざり過し、好み過さば、戒むべし。ばくちに似たる遊は、なさしむべからず。小児の遊を好むは、常の情なり。道に害なき業ならば、あながちに抑へかゞめて、其気を屈せしむべからず。唯後にすたらざる遊好は、打任せ難し。
書き下し
一小児の時、紙鳶をあげ、破魔弓を射、狛をまはし、毬打の玉を打ち、てまりをつき、端午に旗人形を立つる、女児の羽子をつき、天児をいだき、雛をもてあそぶの類は、ただ幼き時好めるはかなき戯にて、年漸く長じて後は、必捨るものなれば、心術に於て害なし。大やう其好に任すべし。されど、費多く、かざり過し、好み過さば、戒むべし。ばくちに似たる遊は、なさしむべからず。小児の遊を好むは、常の情なり。道に害なき業ならば、あながちに抑へかがめて、其気を屈せしむべからず。唯後にすたらざる遊好は、打任せ難し。
現代語訳
子どもの時に、凧を揚げ、破魔弓を射、独楽を回し、毬杖の玉を打ち、手まりをつき、端午の節句に旗や人形を立て、女の子が羽根をつき、天児(あまがつ)を抱き、雛人形で遊ぶといった類は、ただ幼い時に好むはかない戯れで、年がしだいに長じた後には必ずやめるものですから、心のあり方に害はありません。おおらかにその好みに任せてよいのです。けれども費えが多く、飾り過ぎ、好み過ぎるなら、戒めなさい。博打に似た遊びはさせてはなりません。子どもが遊びを好むのは、普通の情です。道に害のない遊びであれば、むやみに抑えつけて、その気をくじいてはなりません。ただ、後になってもやまない遊びや好みは、任せきりにはできません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一幼き時より、必まづ其好むわざをえらぶべし。好む所尤大事なり。婬慾の戯を好み、淫楽などを好む事、又つひえ多き遊、先早くいましむべし。是を好めば、其心必放逸になる。幼きより好めば、其心癖となり、一生、其好やまざるものなり。いかにいとけなくして、いまだ心に弁なくとも、又富貴の家に生れ、万の事心にかなへりと道に背き、人に害あり、物を苦め、財を費す戯遊の、はかなきわざをば、せざる理なりと云ひ聞かせ、悟らしめて、なさしむべからず。又我が身に用なき無益の芸を習はしむべからず。たとひ用ある芸能といへども、一向に好み過して、其事にのみ心を用ふれば、必其一事に心傾きて、万事に通ぜず、其好む所につきて、ひが事多く害多し。況や益なき事をすき好むをや。およそ幼きより、好む所習ふ事を、早くえらぶべし。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、早く父母兄長に事へ、賓客に対して、礼を勤め、読書、手習、芸能を勤めまなびて、悪しき方に移るべきいとまなく苦労さすべし。はかなき遊にひまを費さしめて、ならはし悪しくすべからず。衣服、飲食、器物、居処、僕従に至るまで、其家の位よりまどしくばうそくにして、もてなしうすく、心のままならざるがよし。幼き時艱難に習へば、年たけて難苦に堪へやすく、忠孝の勤を苦まず、病少なく驕なくして、放逸ならず。能く家を保ちて、一生の間、幸となり、後の楽多し。もし不意の変にあひ、貧窮に至り、或は戦場に出でても、身の苦なし。斯の如く子を育つるは、誠によく子を愛するなり。又幼少より養豊かにして、もてなしあつく、心のままにして安楽なれば、おごりにならひ、私慾多くして、病多く、艱難に堪へず、父母に事へ君に仕ふるに、勤を苦みて、忠孝も行ひ難く、学問芸能の勤成り難し。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上或は小児の気にさからひたる者をば、理をまげて小児の非をそだて、そらうちなどすれば、驕慢の心いでくるものなり。小児をもてあそびて、我が心を慰めんが為に、様々の詞にて、そびやかし苦め、いかり争はしめて、ひがみまがれる心をつけ、貪りねたむ心ざしを引出す。しかのみならず、父母の愛過ぐる故、あまえて父母を恐れず、兄を蔑にし、家人を苦め、よろづ恣にして人を侮る。いましむべき事をかへりてすすめ、咎むべき事をかへりて笑ひ悦び、色々あしき事どもを見聞かせ、言ひならはせ、しならはせて、やうやく年長じ、智恵いでくる時に至りて、俄に始ていましむれども、其悪しきならはし、年と共に長じ、久しくならひ染みて、本性も等しくなりにたれば、諫を用ひず。幼き時に教なく、年長じて俄に諫むれども随はざれば、本性悪しく生れつきたるとのみ思ふ事、いとおろかに、まどひの深き事ならずや。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡小児を育つるには、始て生れたる時、乳母を求むるに、必温和にして慎み、まめやかに詞少き者をえらぶべし。乳母の外、附き随ふ者をえらぶも、大やう斯の如くなるべし。始て飯を喰ひ、ものを言ひ、人の面を見て悦びいかる心を知る時より、常に其事に随ひて、時々教ふれば、ややおとなしく成りて、いましむる事易し。故に幼き時より、早く教ふべし。もし教へいましむる事おそくして、悪しき事をおほく見習ひ聞習ひ、くせになり僻事出来て後、教へいましむれども、始より心にそみ入りたる悪しき事、心の内に早くあるじとなりぬれば、あらためて善に移ること難し。たとへば小児の手習するに、始風体あしき手本を習へば、後に能き手をならひても移り難く、生改め難きがごとし。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下一小児の時は、智いまだひらけず、心に是非を弁へがたき故に、小人の言ふ詞にまよひ易し。世俗の口のききたる者、学問をきらひて、善人の行儀堅く正しきをそしり、風雅なるを悪みて、今様の風にあはずとて謗り、唯放逸なる事を誘ひ勧むるを聞かば、いかに幼く智なくとも、心をつけて其是非を分つべし。斯の如くなる小人のことばに迷ひて、移るべからず。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、年長ずるに至るまで、父となり、かしづきとなる者、子のすき好む事ごとに心をつけて、えらびて好に任すべからず。好む所に打任せて、善悪をえらばざれば、多くは悪しきすぢに入りて、後はくせとなる。一たび悪しき方にうつりては、取返してよき方にうつらず、いましめても改まらず、一生の間止み難し。故に未だ染まざる内に、早くいましむべし。油断して、其子の好む所に任すべからず。殊に高家の子は、物事豊かに自由なる故に、好む方に心早くうつり易くして、おぼれ易し。早くいましめざれば、後にそみ入りては、諫め難く、立帰り難し。又悪しからざる事も、勝れて深く好む事は、必害となる。故に子を育つるには、油断して其好に任すべからず。早くいましむべし。おろそかにすべからず。予するを先とするは、此故也。
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