和俗童子訓 / 巻之一・総論上
もし變にあへば、苦にたへず、陣中に久しく居ては、艱苦をこらへ難くして、病を受け、戰場に臨みては、心に武勇ありても、其身やはらかにして、攻め戰ひのはげしき働成り難く、人に後れて功名をもなし難し。又男子唯一人あれば、極めて愛重すべし。愛重するの道は、敎へいましめて、其子に苦勞をさせて、後のためよく、無病にてわざはひなきやうに計るべし。姑息の愛をなして其子を損ふは、誠に愛を知らざるなり。およそ人は若き時艱難苦勞をして、忠孝を勤め、學問を勵まし、藝能を學ぶべし。斯の如くすれば、必人にまさりて、名をあげ、身を立て、後の樂多し。若き時安樂にて、なす事なく、艱苦を經ざれば、後年に至りて人に及ばず、又後の樂なし。
新字:もし変にあへば、苦にたへず、陣中に久しく居ては、艱苦をこらへ難くして、病を受け、戦場に臨みては、心に武勇ありても、其身やはらかにして、攻め戦ひのはげしき働成り難く、人に後れて功名をもなし難し。又男子唯一人あれば、極めて愛重すべし。愛重するの道は、教へいましめて、其子に苦労をさせて、後のためよく、無病にてわざはひなきやうに計るべし。姑息の愛をなして其子を損ふは、誠に愛を知らざるなり。およそ人は若き時艱難苦労をして、忠孝を勤め、学問を励まし、芸能を学ぶべし。斯の如くすれば、必人にまさりて、名をあげ、身を立て、後の楽多し。若き時安楽にて、なす事なく、艱苦を経ざれば、後年に至りて人に及ばず、又後の楽なし。
書き下し
もし変にあへば、苦にたへず、陣中に久しく居ては、艱苦をこらへ難くして、病を受け、戦場に臨みては、心に武勇ありても、其身やはらかにして、攻め戦ひのはげしき働成り難く、人に後れて功名をもなし難し。又男子唯一人あれば、極めて愛重すべし。愛重するの道は、教へいましめて、其子に苦労をさせて、後のためよく、無病にてわざはひなきやうに計るべし。姑息の愛をなして其子を損ふは、誠に愛を知らざるなり。およそ人は若き時艱難苦労をして、忠孝を勤め、学問を励まし、芸能を学ぶべし。斯の如くすれば、必人にまさりて、名をあげ、身を立て、後の楽多し。若き時安楽にて、なす事なく、艱苦を経ざれば、後年に至りて人に及ばず、又後の楽なし。
現代語訳
もし変事にあえば苦しみに堪えられず、陣中に長くいれば艱苦をこらえられずに病気になり、戦場に臨んでは、心に武勇があってもその身が柔弱で、攻め戦う激しい働きができず、人に後れて手柄を立てることもできません。また男子がただ一人しかいないなら、きわめて大切にすべきです。大切にするやり方とは、教え戒めてその子に苦労をさせ、将来のためによく、病気もなく禍もないように計らうことです。姑息の愛をかけてその子を損なうのは、本当の愛を知らないということです。およそ人は若い時に艱難辛苦を経て、忠孝を勤め、学問に励み、芸能を学びなさい。そうすれば必ず人にまさって名をあげ、身を立て、後の楽しみが多いのです。若い時に安楽で何もせず、艱苦を経なければ、後年になって人に及ばず、また後の楽しみもありません。
解説
この章句が説くこと
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『茶の本』第六章 花・花の生まれ故郷に花をたずねる花を理想的に愛する人は、破れた籬の前に座して野菊と語った陶淵明や、たそがれに、西湖の梅花の間を逍遙しながら、暗香浮動の趣に我れを忘れた林和靖のごとく、花の生まれ故郷に花をたずねる人々である。周茂叔は、彼の夢が蓮の花の夢と混ずるように、舟中に眠ったと伝えられている。この精神こそは奈良朝で有名な光明皇后のみ心を動かしたものであって、「折りつればたぶさにけがる立てながら三世の仏に花たてまつる」とお詠みになった。
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『墨子』尚同下是の故に子墨子曰く、「凡そ民をして尚同せしむる者、民を愛すること疾からざれば、民、使う可き無し。曰く、必ず疾く愛して之を使い、信を致して之を持し、富貴以て其の前を道き、明罰以て其の後を率う。政を為すこと此くの若くんば、唯だ我と同じくする毋からんと欲するも、將に得可からざるなり」と。
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『墨子』大取一に曰く乃ち是にして然り、二に曰く乃ち是にして然らず、三に曰く遷、四に曰く强。子。其の深きを深くし、其の淺きを淺くし、其の益を益し、其の尊きを尊ぶ。次を察し、山のごとく比し因り、優指に至る。復た次いで聲端の名を察し、請に因りて復す。夫の辭の惡しき者を正すは、人、右に其の請を以て焉を得。諸そ遭い執る所にして欲惡生ずる者は、人、必ずしも其の請を以て焉を得ず。聖人の拊なり。仁にして利愛無し、利愛は慮に生ず。昔者の慮は、今日の慮に非ず。昔者の人を愛するは、今の人を愛するに非ず。獲を愛するの人を愛するは、獲を利するを慮るに生じ、臧を利するを慮るに非ざるなり。而して臧を愛するの人を愛するは、乃ち獲を愛するの人を愛するなり。
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『墨子』節用中子墨子言いて曰く、古者、明王聖人の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、彼れ其れ民を愛すること謹みて忠、民を利すること謹みて厚く、忠信、相い連なり、又た之に示すに利を以てす。是を以て身を終うるまで饜かず、殁して二十にして卷まず。古者、明王聖人の其の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、此れなり。
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論語・憲問篇子曰く、之を愛して、能く労すること勿からんや。焉に忠にして、能く誨うること勿からんや。
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『都鄙問答』卷之一・孝ノ道ヲ問ノ段答ふ、かくのごとき者を、世間並みの人と思ふべけれど、親へつかふる道は、曾て知らざる者なり。汝は書を読みながら、書を読まざる愚昧の者を、法とするゆへに、父母に事ふる道を知らず。昔し公明宣、曾子に学ぶこと三年、書を読まず。曾子曰く、宣、参の門に居ること三年、学ばざるは何ぞや。公明宣曰く、安んぞ敢へて学ばざらん。宣、夫子の庭に居るを見るに、親在せば、叱咤の声未だ嘗て犬馬に至らず。宣之を説びて、学べども未だ能はず、と云へり。曾子の如きは、親の前にては、犬や馬さへ怒りて叱り玉はず。然るに汝は、只養ふを孝と思へり。子曰く、今の孝は是れ能く養ふを謂ふ。犬馬に至るまで皆能く養ふこと有り。敬せずんば何を以て別たんや、と。是の如くなる時は、父母に事ふる道は、愛と敬との二つなり。愛は、いつくしみあいする心なり。敬は、つつしみうやまふ心なり。然るに汝は、父母の命を用ひずして心を痛ましむ。心を痛ましむるは、愛心なきが故なり。命を用ひざるは、敬心なきが故なり。愛敬の心なきは、鳥獣に同じ。汝は世に呼ばるるほどの孝を問ふ。聖賢の孝を聞かんと思はば、早く愛敬の心を知るべし。愛敬の心を知らば、聖賢の孝にも到るべし。
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