和俗男子訓 / 巻一・権門に媚びぬ心と養子への道
一許棐氏云、妬寵而恃勢、爭妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見權勢之人、爭相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫壽夭窮通、天之命也、彼固有權勢、亦不能外於天、而壽夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此說のごとく、權門勢家におもねり媚て、其口入によつて、身を立んとをはかるもの、古今すくなしとせず、たとひ如斯にして、富を得ることありとも、玄蟬すら饑ても、蟭螟の飽を羨ずといへり、況や人として、蟲にだもしかざるべけんや、一唐の則天武后疾ありしとき、閣朝隱といふ者、身をもつて、犧にかへて、これを祈る、程なく后の疾癒たり、しかりしよりのゝち、閣朝隱が爲人を、いやしみそしることあり、此ときすでに、世くだり、俗おとろえぬれども、阿諛の心をにくめると、殊勝なりといふべし、一世間に子を養へるのゝち、實子出來ぬれば、たちまちに、心をひるがへして、養子に、あらぬ難をつけて、もどす者あり、不仁の甚しき、言語に堪たり、若し養子して、其者あしくば、天より我家をほろぼし給ふと思ひて、一生を終べし、
新字:一許棐氏云、妬寵而恃勢、争妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見権勢之人、争相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫寿夭窮通、天之命也、彼固有権勢、亦不能外於天、而寿夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此説のごとく、権門勢家におもねり媚て、其口入によつて、身を立んとをはかるもの、古今すくなしとせず、たとひ如斯にして、富を得ることありとも、玄蝉すら饑ても、蟭螟の飽を羨ずといへり、況や人として、虫にだもしかざるべけんや、一唐の則天武后疾ありしとき、閣朝隠といふ者、身をもつて、犠にかへて、これを祈る、程なく后の疾癒たり、しかりしよりのゝち、閣朝隠が為人を、いやしみそしることあり、此ときすでに、世くだり、俗おとろえぬれども、阿諛の心をにくめると、殊勝なりといふべし、一世間に子を養へるのゝち、実子出来ぬれば、たちまちに、心をひるがへして、養子に、あらぬ難をつけて、もどす者あり、不仁の甚しき、言語に堪たり、若し養子して、其者あしくば、天より我家をほろぼし給ふと思ひて、一生を終べし、
書き下し
一許棐氏云、妬寵而恃勢、爭妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見權勢之人、爭相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫壽夭窮通、天之命也、彼固有權勢、亦不能外於天、而壽夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此說のごとく、權門勢家におもねり媚て、其口入によつて、身を立んとをはかるもの、古今すくなしとせず、たとひ如斯にして、富を得ることありとも、玄蟬すら饑ても、蟭螟の飽を羨ずといへり、況や人として、蟲にだもしかざるべけんや、一唐の則天武后疾ありしとき、閣朝隱といふ者、身をもつて、犧にかへて、これを祈る、程なく后の疾癒たり、しかりしよりのゝち、閣朝隱が爲人を、いやしみそしることあり、此ときすでに、世くだり、俗おとろえぬれども、阿諛の心をにくめると、殊勝なりといふべし、一世間に子を養へるのゝち、實子出來ぬれば、たちまちに、心をひるがへして、養子に、あらぬ難をつけて、もどす者あり、不仁の甚しき、言語に堪たり、若し養子して、其者あしくば、天より我家をほろぼし給ふと思ひて、一生を終べし、
現代語訳
許棐氏は言いました。寵愛を妬んで勢いを頼み、美しさを争って憐れみを取ろうとするのは、妾婦の道である。近ごろの士大夫は、権勢のある人を見ると、争って走り寄り、媚びへつらい、ただ遅れることを恐れる。ひと言ほめられると喜びが顔に溢れ、少しでも抑えられると、身を縮めて落ち着かない。これは妾婦の道と何が違うだろうか。寿命の長短や運の窮達は、天の命である。あの権勢ある者も、天の外にはいられず、寿命や運の窮達が私にかかわることもない。へつらい諛い、恐れて付き従うのは、恥ずべきことである、と。この説のとおり、権門勢家に媚び、その口利きで身を立てようとする者は、古今に少なくありません。たとえこのようにして富を得ても、蝉は飢えても蟭螟の飽きたことをうらやまない、と言います。まして人として、虫にも及ばないでしょうか。唐の則天武后が病気になったとき、閣朝隠という者が、身をもって犠牲に代えて祈りました。間もなく后の病は癒えました。その後、閣朝隠の人柄を卑しんでそしる者がありました。このときすでに世は下り、風俗も衰えていましたが、阿諛の心を憎んだのは殊勝というべきです。世間には、子を養子に迎えた後で実子が生まれると、たちまち心を翻し、養子にあらぬ非難をつけて送り返す者がいます。不仁のはなはだしさ、言葉にならないほどです。もし養子がよくない者であれば、天がわが家を滅ぼされるのだと思って、一生を終えるべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『和俗男子訓』・巻一・勢に乗っても驕らず常に新参の心一臣事一君、婦事一夫、と、定れる法なり、白樂天が語に、人生勿作婦人身、百年苦樂因他人、といへり、豈それ婦人のみならんや、臣の君にをけるもまた同じ、臣の一君を頼み、婦の一夫を頼みて、身を終るをおもふに、其こゝろもつともあはれむべし、一勢に乘るとも、心をひそめて、ほこることなかれ、古人も、人世を弓を張にたとふ、滿をすぐれば、折といへり、古語に瓜熟蒂落、福過災生、とも見えたり、和歌に「おもへたゞみつればやがてかく月のいざよふ空や人の世の中」とよめり、一源義經の郎等、佐藤繼信が、能登守敎經の箭にあたりて、死しける時、義經愛馬を、送葬にひかせられしかば、諸士これをみて、此君の爲に、命を捨んと、風塵よりも輕しと思へり、一匹の馬をもつて、萬卒の心をなびかせり、末世の將たる人、士をつかふに、此心あるべし、一俗の諺に、毎も新參といふとあり、王渙之曰、仕官常以其不遇處之、則無事也と、右の諺にひとし、君につかふるものは、つねに新參のごとくにおもひて、たとひ遇するとも、不遇の心をもつて、身をつゝしまば、生涯まつたかるべし、なれて、こゝろやすく思ふより、はからざるのあやまち出來るなり、
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡高き家の子は、幼より下なるもの諂ひ従ひて、ひが事を云ひ、僻事を行ひても、尤なりと感じ、拙き芸をも、早く上手なりとほむれば、聞く人自らよしあしを弁へず、諂ひ偽りて誉むるとは知らず、我が言ふ事もなす事も、誠によきと思ひ、我が身に自満して、人に問ひ学ぶ事なければ、智恵才徳の出来、進むべきやうなくて、一生を終る。是を以て、高家の子には、幼き時より、正直にて智ある人を師とし友とし、側に仕ふる人をえらびて、悪しき事をいましめ、善を進むべし。諂ひ誉むる人をば、いましめ退くべし。富貴の人の子は、とりわき早く教へいましめざれは、年長じて後、世の中さかりに、おごり習ひぬれば、勢強くなりて、家臣として諫め難し。
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『和俗男子訓』・巻二・自分に似た者を好む偏りを戒める一子華子說云、子車氏が豭、其色粹にして黑し、此豭、三ッの豚をうめり、二ッは粹にして黑く、一ッは駁にして白し、己に類せざるをにくみ、噛てこれを殺し、己に同じきものを、やしなひ、そだてしといへり、よき人なれども、己にくみせざればにくみ、あしき人なれ共、己にくみするものを、よろこぶは、俗情なり、善人のたちかたき、惡人ののぞきがたきは、ともに是古今の通弊なり、この故に杜陵が詩にも、新松恨不長千尺、惡竹須應斬萬竿と賦せり、一世上に人をはかりて、一旦は富を得たるものあれども、身を全することあたはず、己ひとり智ありとおもへども、人もまた智あり、たとへば、かりそめに漆りたる器の、程なくはぐるがごく、後には、いつはりあらはるゝなり、たゞ拙きを養ひ、愼て信を守るべし、たとへば、はじめより木地の器は、見たるところ、よろしからねども、漆たる器のはげたるよりは、まされるにおなじ、
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『和俗童子訓』巻之一・総論上位高く身豊なれば、民の苦人の愁を知らず、人の費我が費をもいとはず。おごりに習ひては、人をあはれむ心も薄くなる。又さほど高き品にのほらざれども、時に合ひ勢に乗りては、つねの心を失ひ、人に無礼を行ひ、物のあはれを知らず、人の情をも忘れて、言ふまじき事をもいひ、なすまじき事をもなす事こそあさましけれ。幼き時より、古の事を知れるおとなしく正しき人をえらび用ひて、師とし友とし、早く学問をつとめさせ、身を修め人を治むる古の道を教へて、善を行はしめ、悪を戒むべし。よき人をえらびて、もし其人にあらずんば、師とすべからず。既に師とせば、是を尊び敬ひ、其教を受けしむべし。又身の養飲食などのつつしみをも教ふべし。左右近習の人を能くえらびて、質朴にて忠信なる人をなれ近づかしむべし。
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『和俗男子訓』・巻一・妻を迎え去らせる際の慎み一近世妻を娶るものをきくに、あるひは、容色すぐれざれば、事を左右によせて去、あるひは妻を娶らざる前よりつかへる妾女が、さかしらを信じて、妻を去のたぐひ、あげてかぞへがたし、他の愛子をこひうけ、はづかしめて、一生をすてしむるは、罪惡もつとも甚だし、妻の父兄たる者、七去の品ありてされるか、いなやを、きゝとゞけて、うけとるべし、しからずしては、武門の瑕瑾なるべし、(但民間に、女子親がうちにあるとき、家人などに通じ、あるひは、座頭出家などに通ずるものも、おほしといふ、是もと父母のみだりなるより、おこれり、かゝる女子を人におくらば、去るゝも宜なり、このたぐひの女を、去ざるは、かへつて武門の瑕瑾なり、事一槪にきはむべからず、)
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『初学訓』巻之二わが身政道に預らずんば、国家の政事を議することなかれ。君上のひがごとありとも、臣たる者は、かくして言ふべからず。古語に、其国に居ては、其大夫をも誹らずといへり。是、忠孝の道なり。況や、君を誹るべからざること、いふに及ばず。一世に交るには、勢を知るべし。勢つよきには、我に理ありても勝ちがたし。勝ちがたきを知らば、争ひ難かるべし。されども、時めける勢ある人にしたがひて屈するは、諂へるなり。

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