文武訓 / 文訓上
一ものゝふも、和歌の道知らぬは、他の才藝ありても、風雅なる心なくて、むげにいやしく、人に見おとさるゝ、くちをし。千載集の序にも、和歌のことをさして、是をまなびたづさはらざるは、面をかきにして立てらんがごとしといへり。學問のいとまあらば、少の力を用ひて、是をならふべし。
新字:一ものゝふも、和歌の道知らぬは、他の才芸ありても、風雅なる心なくて、むげにいやしく、人に見おとさるゝ、くちをし。千載集の序にも、和歌のことをさして、是をまなびたづさはらざるは、面をかきにして立てらんがごとしといへり。学問のいとまあらば、少の力を用ひて、是をならふべし。
書き下し
一もののふも、和歌の道知らぬは、他の才芸ありても、風雅なる心なくて、むげにいやしく、人に見おとさるる、くちをし。千載集の序にも、和歌のことをさして、是をまなびたづさはらざるは、面をかきにして立てらんがごとしといへり。学問のいとまあらば、少の力を用ひて、是をならふべし。
現代語訳
一、武士であっても、和歌の道を知らないのは、ほかの才芸があっても風雅な心がなく、ひどく卑しく見えて、人に見下されるのは残念なことです。千載集の序にも、和歌のことを指して、これを学び親しまないのは、垣根に顔を向けて立っているようなものだと言っています。学問の暇があれば、少しの力を用いて、これを習うべきです。
解説
武士こそ和歌を知れと勧めています。武勇や芸があっても風雅の心がなければ卑しく見えるという指摘です。「面をかきにして立つ」は、論語陽貨篇の「周南・召南を為ばざれば、其れ猶正しく牆に面して立つがごときか」を踏まえた表現で、学ばない者は目の前がふさがって何も見えないという意味です。仕事一筋の人が、文学や芸術に少しでも触れておくと、人との会話や判断に奥行きが出ます。忙しい人ほど、少しの時間を教養に割く価値があります。
この章句が説くこと
和歌武士風雅教養学問
関連する章句
-
歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
-
言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
-
論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
-
説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る