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倭忠経 / 廣至理章第十二・ゆずる徳が争いを鎮め、和を生む

下〻又僞なし。上に讓〻好み給へば下物を諍事なし。凡此ゆづりと云事を。かりそめのやうに心得べからず。聖人の敎の。もとゝする處なり。堯の德を。史官も。允恭克讓といひ。孔子の德をば。溫良恭儉讓と云へるも。みなゆづる德をほめり。尤心より。われをしりぞけ。萬事を他人にをしゆづるうへにいかであしき事侍らん。一さいの事の和せざるは。物をあらそふより。發る事おほし。わづかの小藝を覺え得たるとて。自滿面にあらはれ。他人をそしり笑は。みな是。道にうとき人のなす業なり。むかし虞芮と云所の兩國の君。たがひに田地をあらそひ。此事決せざるにより。周の文王は。聖人なるほどに。訴へしとて。周の都へ行しに。爰には又上位にある人は。讓事を本として禮義正しく。百姓はかへつて。畔をゆづりあひ。道ゆく人は。たがひに路をゆづるを見て。兩國の君みづから恥て。かゝる雪のごとくなる間へ。かやうの墨のごとき。穢はしき事は。申し上られまじとて。其田をたがひにわかちて。諍をやめしとかや。然れば周一國のみならず。他國までも見ならひ。自然と。あらそひをする事なし。是聖人の。德化といふものなり。かくのごとく。ゆづりを好ば。天下の人心やはらぎ。平かにして。四海こと〴〵く正直を用ひて。父母を養君につかへ。己〻が家職をつとめて。生涯を樂しみ。壽命をながくたもち。天命をとげて。不慮の死をまねく事なし。夫。人和する時は。天地の氣も正しく。大風。疫癘。暴雨なし。是を天人合一といふ。聖人のゆたかなる大德は。天地と自然におなじきものなり。右に云へるごとく。天地も誠の一つよりあらはる。是を以て造化をなす。聖人の忠。又何ぞかはらんや。

新字:下〻又偽なし。上に譲〻好み給へば下物を諍事なし。凡此ゆづりと云事を。かりそめのやうに心得べからず。聖人の教の。もとゝする処なり。堯の徳を。史官も。允恭克譲といひ。孔子の徳をば。温良恭倹譲と云へるも。みなゆづる徳をほめり。尤心より。われをしりぞけ。万事を他人にをしゆづるうへにいかであしき事侍らん。一さいの事の和せざるは。物をあらそふより。発る事おほし。わづかの小芸を覚え得たるとて。自満面にあらはれ。他人をそしり笑は。みな是。道にうとき人のなす業なり。むかし虞芮と云所の両国の君。たがひに田地をあらそひ。此事決せざるにより。周の文王は。聖人なるほどに。訴へしとて。周の都へ行しに。爰には又上位にある人は。譲事を本として礼義正しく。百姓はかへつて。畔をゆづりあひ。道ゆく人は。たがひに路をゆづるを見て。両国の君みづから恥て。かゝる雪のごとくなる間へ。かやうの墨のごとき。穢はしき事は。申し上られまじとて。其田をたがひにわかちて。諍をやめしとかや。然れば周一国のみならず。他国までも見ならひ。自然と。あらそひをする事なし。是聖人の。徳化といふものなり。かくのごとく。ゆづりを好ば。天下の人心やはらぎ。平かにして。四海こと〴〵く正直を用ひて。父母を養君につかへ。己〻が家職をつとめて。生涯を楽しみ。寿命をながくたもち。天命をとげて。不慮の死をまねく事なし。夫。人和する時は。天地の気も正しく。大風。疫癘。暴雨なし。是を天人合一といふ。聖人のゆたかなる大徳は。天地と自然におなじきものなり。右に云へるごとく。天地も誠の一つよりあらはる。是を以て造化をなす。聖人の忠。又何ぞかはらんや。

書き下し

下〻又僞なし。上に讓〻好み給へば下物を諍事なし。凡此ゆづりと云事を。かりそめのやうに心得べからず。聖人の敎の。もとゝする處なり。堯の德を。史官も。允恭克讓といひ。孔子の德をば。溫良恭儉讓と云へるも。みなゆづる德をほめり。尤心より。われをしりぞけ。萬事を他人にをしゆづるうへにいかであしき事侍らん。一さいの事の和せざるは。物をあらそふより。發る事おほし。わづかの小藝を覺え得たるとて。自滿面にあらはれ。他人をそしり笑は。みな是。道にうとき人のなす業なり。むかし虞芮と云所の兩國の君。たがひに田地をあらそひ。此事決せざるにより。周の文王は。聖人なるほどに。訴へしとて。周の都へ行しに。爰には又上位にある人は。讓事を本として禮義正しく。百姓はかへつて。畔をゆづりあひ。道ゆく人は。たがひに路をゆづるを見て。兩國の君みづから恥て。かゝる雪のごとくなる間へ。かやうの墨のごとき。穢はしき事は。申し上られまじとて。其田をたがひにわかちて。諍をやめしとかや。然れば周一國のみならず。他國までも見ならひ。自然と。あらそひをする事なし。是聖人の。德化といふものなり。かくのごとく。ゆづりを好ば。天下の人心やはらぎ。平かにして。四海こと〴〵く正直を用ひて。父母を養君につかへ。己〻が家職をつとめて。生涯を樂しみ。壽命をながくたもち。天命をとげて。不慮の死をまねく事なし。夫。人和する時は。天地の氣も正しく。大風。疫癘。暴雨なし。是を天人合一といふ。聖人のゆたかなる大德は。天地と自然におなじきものなり。右に云へるごとく。天地も誠の一つよりあらはる。是を以て造化をなす。聖人の忠。又何ぞかはらんや。

現代語訳

下々もまた偽りがなくなります。上が譲り合うことを好まれると、下は物を争いません。この譲るということを、かりそめのように心得てはなりません。聖人の教えの根本とするところです。堯の徳を史官も「允恭克讓」といい、孔子の徳を「溫良恭儉讓」というのも、みな譲る徳をほめたものです。心から自分を退け、万事を他人に押し譲るなら、どうして悪いことがありましょう。すべてのことが和さないのは、物を争うことから起こることが多いのです。わずかな小芸を覚えたからといって、自慢が顔に現れ、他人をそしり笑うのは、みな道にうとい人のすることです。昔、虞と芮という所の両国の君が、互いに田地を争い、このことが決着しないので、周の文王は聖人であるからと訴えるために周の都へ行ったところ、そこでは上位にある人は譲ることを本として礼儀が正しく、百姓はかえって畔を譲り合い、道行く人は互いに路を譲り合うのを見て、両国の君は自ら恥じ入り、このような雪のように清らかなところへ、墨のように汚らわしいことは申し上げられないと、その田を互いに分けて争いをやめたといいます。このようなことで、周の一国のみならず他国までも見習い、自然と争いをすることがなくなりました。これが聖人の徳化というものです。このように譲りを好めば、天下の人の心はやわらぎ、平らかになり、四海はことごとく正直を用いて、父母を養い君に仕え、それぞれの家職を務めて、生涯を楽しみ、寿命を長く保ち、天命を全うして、不慮の死を招くことがありません。人が和するときは、天地の気も正しく、大風、疫病、暴雨がありません。これを天人合一といいます。聖人の豊かな大徳は、天地と自然に同じです。右に述べたように、天地も誠の一つから現れ、これをもって万物を造り育てます。聖人の忠も、どうして変わりましょうか。

解説

争いの多くは、物や手柄を奪い合うことから起こる、という指摘です。わずかな技を得て慢心し、他人を笑う人は道に疎い、という戒めも含まれています。虞と芮の君が、譲り合う周の民の姿に恥じて訴えを取り下げた話は、リーダーが身をもって譲る姿を見せることの力を示します。現代の職場でも、成果を独占せず、手柄を部下やチームに譲る上司の下では、協力が生まれます。管理職は、自慢や主張の強さよりも、先に譲る余裕で場の空気を整えたいものです。

この章句が説くこと

倭忠経南部立庵人材登用適材適所譲りリーダー

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