倭忠経 / 保孝行章第十・孝行の根には忠の誠実さがある
保孝行章第十孝行のもとは。忠ある事をたつとぶ。そのいはれは。忠を行はざれば。心に僞ありて。朝より夕に至り。事々心を用る處。みな道に背けり。しかれば忠の念起らざれば。先我身の守りをうしなふ。守といふは。この方の本心の。外のよこしまなる事に。奪れぬやうにとり守る事なり。凡一切の人。眼に色を見ては。その色に引おとされて。守をうしなひ。口に味をもとめては。其味におぼれて。守を失ひ。身の安樂を求ては。守をうしなふ。かくのごとくすれば。其身をあやうくするのみならず。親の名をも恥かしむるなり。然れば孝行に志あらん人は。第一忠の念を以。親につかふまつるべし。右に云ごとく。忠は誠なれば。眞實を以て。親につかふる時は。諸のさひはひありて。我身富貴に至れば。本より其身さかへ親をよろこばしめ。衣服飮食にいたるまで心のまゝにそなへて。親を養事歷然たり。かくのごとくする時は。他人見ならひ。各その親につかへて。孝を起ときは。我一人のみならず。他人の孝をも感動せるなり。是を人におよぼすとは云なり。詩經にも。孝子は我親に孝行を盡して。人をも吾如く孝行になるやうに。をしへなせば。孝子あまた出るゆへに。孝子ともしからずと云へり。又類をたまふとも云へり。是は自己一分の孝許は。至極の孝ならず。
新字:保孝行章第十孝行のもとは。忠ある事をたつとぶ。そのいはれは。忠を行はざれば。心に偽ありて。朝より夕に至り。事々心を用る処。みな道に背けり。しかれば忠の念起らざれば。先我身の守りをうしなふ。守といふは。この方の本心の。外のよこしまなる事に。奪れぬやうにとり守る事なり。凡一切の人。眼に色を見ては。その色に引おとされて。守をうしなひ。口に味をもとめては。其味におぼれて。守を失ひ。身の安楽を求ては。守をうしなふ。かくのごとくすれば。其身をあやうくするのみならず。親の名をも恥かしむるなり。然れば孝行に志あらん人は。第一忠の念を以。親につかふまつるべし。右に云ごとく。忠は誠なれば。真実を以て。親につかふる時は。諸のさひはひありて。我身富貴に至れば。本より其身さかへ親をよろこばしめ。衣服飲食にいたるまで心のまゝにそなへて。親を養事歴然たり。かくのごとくする時は。他人見ならひ。各その親につかへて。孝を起ときは。我一人のみならず。他人の孝をも感動せるなり。是を人におよぼすとは云なり。詩経にも。孝子は我親に孝行を尽して。人をも吾如く孝行になるやうに。をしへなせば。孝子あまた出るゆへに。孝子ともしからずと云へり。又類をたまふとも云へり。是は自己一分の孝許は。至極の孝ならず。
書き下し
保孝行章第十孝行のもとは。忠ある事をたつとぶ。そのいはれは。忠を行はざれば。心に僞ありて。朝より夕に至り。事々心を用る處。みな道に背けり。しかれば忠の念起らざれば。先我身の守りをうしなふ。守といふは。この方の本心の。外のよこしまなる事に。奪れぬやうにとり守る事なり。凡一切の人。眼に色を見ては。その色に引おとされて。守をうしなひ。口に味をもとめては。其味におぼれて。守を失ひ。身の安樂を求ては。守をうしなふ。かくのごとくすれば。其身をあやうくするのみならず。親の名をも恥かしむるなり。然れば孝行に志あらん人は。第一忠の念を以。親につかふまつるべし。右に云ごとく。忠は誠なれば。眞實を以て。親につかふる時は。諸のさひはひありて。我身富貴に至れば。本より其身さかへ親をよろこばしめ。衣服飮食にいたるまで心のまゝにそなへて。親を養事歷然たり。かくのごとくする時は。他人見ならひ。各その親につかへて。孝を起ときは。我一人のみならず。他人の孝をも感動せるなり。是を人におよぼすとは云なり。詩經にも。孝子は我親に孝行を盡して。人をも吾如く孝行になるやうに。をしへなせば。孝子あまた出るゆへに。孝子ともしからずと云へり。又類をたまふとも云へり。是は自己一分の孝許は。至極の孝ならず。
現代語訳
孝行の根本は、忠のあることを尊ぶことです。その理由は、忠を行わなければ心に偽りが生まれ、朝から夕まで、事ごとに心を用いるところがみな道に背くからです。ですから、忠の念が起こらなければ、まず自分の守りを失います。守りというのは、自分の本心が外の邪なものに奪われないように守ることです。およそ人は、目に色を見ればその色に引かれて守りを失い、口に味を求めればその味に溺れて守りを失い、身の安楽を求めて守りを失います。このようにすれば、その身を危うくするばかりか、親の名をも辱めることになります。ですから孝行に志す人は、まず忠の念をもって親にお仕えするべきです。前に述べたように、忠は誠ですから、真実をもって親に仕えるときは、さまざまな幸いがあり、わが身が富貴に至れば、もとよりその身が栄えて親を喜ばせ、衣服や飲食に至るまで思いのままに備えて親を養うことは明らかです。このようにすると、他人も見習い、それぞれ親に仕えて孝を起こしますから、自分一人のみならず、他人の孝をも感動させます。これを人に及ぼすというのです。詩経にも、孝子は自分の親に孝行を尽くし、人をも自分のように孝行になるように教えるので、孝子が多く出て、孝子が乏しくならないとあります。また、類を賜うとも言います。これは、自分一人の孝だけでは至極の孝ではなく、(次の章に続きます)。
解説
この章句が説くこと
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