倭忠経 / 百工章第四・百工章 静かな時も動く時も私なく
生より重は。士たるものゝ忠義なり。然れば身の死するををしみて。君のあしきを見のがさんや。又死するよりにくむ事あり。是不忠なり。然れば此身は難なきとても。君に不忠を致さんや。扨忠臣の守は。しづかに無事に居る時は。備りたる職を私なく。其みちのすぐなるやうにと思案し。扨亦此身をうごかす時は。行義を正しく惰慢をおこさず。他の手本にもなるべき處をおもひ。其役を務に。少もまがらず。云べき事に當りては。他をはゞからず。身がまへなく。一向に忠を守るべし。かくのごとく眞實ある時は。陰德陽報と云て。たれ云ざれ共。其名國にかくれなくして。一世の繁昌子孫の榮花掌をさすより。猶すみやかなり。しかる時は上下よく調。君の德を益明らかに行ひ廣む。是皆諸の役に。備る人の忠なり。呂氏の。童蒙訓に云へる事あり。君につかふまつるは我親のごとく。組頭につかふるは兄のごとく。諸傍輩になじむるは。家內の人のごとく。組子をおもふは。我下々のごとく。百姓を愛する事。妻子のごとく。我役義を勸る事は。己がことのごとくせよとなり。誠に君につかふまつるみち。つゝしむべき事なり。
新字:生より重は。士たるものゝ忠義なり。然れば身の死するををしみて。君のあしきを見のがさんや。又死するよりにくむ事あり。是不忠なり。然れば此身は難なきとても。君に不忠を致さんや。扨忠臣の守は。しづかに無事に居る時は。備りたる職を私なく。其みちのすぐなるやうにと思案し。扨亦此身をうごかす時は。行義を正しく惰慢をおこさず。他の手本にもなるべき処をおもひ。其役を務に。少もまがらず。云べき事に当りては。他をはゞからず。身がまへなく。一向に忠を守るべし。かくのごとく真実ある時は。陰徳陽報と云て。たれ云ざれ共。其名国にかくれなくして。一世の繁昌子孫の栄花掌をさすより。猶すみやかなり。しかる時は上下よく調。君の徳を益明らかに行ひ広む。是皆諸の役に。備る人の忠なり。呂氏の。童蒙訓に云へる事あり。君につかふまつるは我親のごとく。組頭につかふるは兄のごとく。諸傍輩になじむるは。家内の人のごとく。組子をおもふは。我下々のごとく。百姓を愛する事。妻子のごとく。我役義を勧る事は。己がことのごとくせよとなり。誠に君につかふまつるみち。つゝしむべき事なり。
書き下し
生より重は。士たるものゝ忠義なり。然れば身の死するををしみて。君のあしきを見のがさんや。又死するよりにくむ事あり。是不忠なり。然れば此身は難なきとても。君に不忠を致さんや。扨忠臣の守は。しづかに無事に居る時は。備りたる職を私なく。其みちのすぐなるやうにと思案し。扨亦此身をうごかす時は。行義を正しく惰慢をおこさず。他の手本にもなるべき處をおもひ。其役を務に。少もまがらず。云べき事に當りては。他をはゞからず。身がまへなく。一向に忠を守るべし。かくのごとく眞實ある時は。陰德陽報と云て。たれ云ざれ共。其名國にかくれなくして。一世の繁昌子孫の榮花掌をさすより。猶すみやかなり。しかる時は上下よく調。君の德を益明らかに行ひ廣む。是皆諸の役に。備る人の忠なり。呂氏の。童蒙訓に云へる事あり。君につかふまつるは我親のごとく。組頭につかふるは兄のごとく。諸傍輩になじむるは。家內の人のごとく。組子をおもふは。我下々のごとく。百姓を愛する事。妻子のごとく。我役義を勸る事は。己がことのごとくせよとなり。誠に君につかふまつるみち。つゝしむべき事なり。
現代語訳
生より重いものが、士たる者の忠義です。ですから我が身の死を惜しんで、君の悪い点を見逃すでしょうか。また死ぬことよりも憎むべきことがあります。それは不忠です。そうなれば、この身は無事であっても、君に不忠を致すでしょうか。さて忠臣の守りは、静かに無事でいるときは、備わった職を私なく、その道が真っすぐであるようにと思案し、また我が身を動かすときは、行儀を正しくして怠惰の心を起こさず、他の手本にもなるところを考え、その役を務めるのに、少しも曲がらず、言うべきことに当たっては、他に遠慮せず、身構えもなく、ひたすら忠を守るべきです。このように真実があるときは、「陰徳あれば陽報あり」といって、誰が言わなくてもその名は国に隠れなくなり、一世の繁昌、子孫の栄華は掌を指すよりもなお速やかです。そうなれば上下がよく調い、君の徳をますます明らかに行い広めます。これはみな、諸々の役に備わる人の忠です。呂氏の『童蒙訓』に言うことがあります。君に仕えるのは我が親のようにし、組頭に仕えるのは兄のようにし、同僚になじむのは家内の人のようにし、組子を思うのは我が使用人のようにし、百姓を愛するのは妻子のようにし、自分の役目をすすめるのは自分のことのようにせよ、ということです。まことに君に仕える道は、慎むべきことです。
解説
この章句が説くこと
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