倭忠経 / 倭忠經序・忠孝は車の両輪という序文
倭忠經序夫道のもとゝする處は。三綱五常なり。三綱とは。君臣と父子と夫婦となり。五常は。仁義禮智信なり。其中におゐて。父子は。骨肉を。わかちたる者なるに依て。をしへざれども。自然と孝行を盡す人。あるひは多く侍れども。君臣に至ては。義を以てあふものなれば。臣の君につかふまつるに。形の禮は行と云へども。心の忠を盡人十に一二もなし。然れば古の聖人も忠孝の二つを敎の根本となし給へり。しかも孝のみちをば。孔子の門弟子曾子と云に明らかに說述給ふを。又曾子の傳を以てくわしく書のべ給ふ書を。孝經と名付。しかるを是よりさき。或人和俗の假名を以てかきあらはし。大和孝經と云へり。然れば予も又その例にならひ。大和忠經と號して書侍りぬ。もとより此忠經も。後漢の馬融。字は季長と云へる人。孔子の孝經に準じて作給へり。忠孝の二つは本來同じ理なればなり。古人のいわく。忠臣はかならず。孝子門に求とあり。親に孝ある人かならず君に忠あるべし。されば玄宗の勅にも。孝は百行の源とあり。しかれば忠も又。萬事のみなもとなるべからざらむや。かるがゆへに。經傳の中に。或は忠を說給ふ所。徃々に明らかなり。誠に此二つの物は。車の兩輪のとし。かたつかたも。捨べからず。然るゆへに。馬融此經を作て。後世に残されし事。聖門に功ありと云つべし。萬世に補ありと云つべし。是を見る人。人を以て事をすつるとなかれ。ねがわくは此うちの一兩句も。とり用る人あらば。愚者千慮の一とくなるべし。
新字:倭忠経序夫道のもとゝする処は。三綱五常なり。三綱とは。君臣と父子と夫婦となり。五常は。仁義礼智信なり。其中におゐて。父子は。骨肉を。わかちたる者なるに依て。をしへざれども。自然と孝行を尽す人。あるひは多く侍れども。君臣に至ては。義を以てあふものなれば。臣の君につかふまつるに。形の礼は行と云へども。心の忠を尽人十に一二もなし。然れば古の聖人も忠孝の二つを教の根本となし給へり。しかも孝のみちをば。孔子の門弟子曽子と云に明らかに説述給ふを。又曽子の伝を以てくわしく書のべ給ふ書を。孝経と名付。しかるを是よりさき。或人和俗の仮名を以てかきあらはし。大和孝経と云へり。然れば予も又その例にならひ。大和忠経と号して書侍りぬ。もとより此忠経も。後漢の馬融。字は季長と云へる人。孔子の孝経に準じて作給へり。忠孝の二つは本来同じ理なればなり。古人のいわく。忠臣はかならず。孝子門に求とあり。親に孝ある人かならず君に忠あるべし。されば玄宗の勅にも。孝は百行の源とあり。しかれば忠も又。万事のみなもとなるべからざらむや。かるがゆへに。経伝の中に。或は忠を説給ふ所。往々に明らかなり。誠に此二つの物は。車の両輪のとし。かたつかたも。捨べからず。然るゆへに。馬融此経を作て。後世に残されし事。聖門に功ありと云つべし。万世に補ありと云つべし。是を見る人。人を以て事をすつるとなかれ。ねがわくは此うちの一両句も。とり用る人あらば。愚者千慮の一とくなるべし。
書き下し
倭忠經序夫道のもとゝする處は。三綱五常なり。三綱とは。君臣と父子と夫婦となり。五常は。仁義禮智信なり。其中におゐて。父子は。骨肉を。わかちたる者なるに依て。をしへざれども。自然と孝行を盡す人。あるひは多く侍れども。君臣に至ては。義を以てあふものなれば。臣の君につかふまつるに。形の禮は行と云へども。心の忠を盡人十に一二もなし。然れば古の聖人も忠孝の二つを敎の根本となし給へり。しかも孝のみちをば。孔子の門弟子曾子と云に明らかに說述給ふを。又曾子の傳を以てくわしく書のべ給ふ書を。孝經と名付。しかるを是よりさき。或人和俗の假名を以てかきあらはし。大和孝經と云へり。然れば予も又その例にならひ。大和忠經と號して書侍りぬ。もとより此忠經も。後漢の馬融。字は季長と云へる人。孔子の孝經に準じて作給へり。忠孝の二つは本來同じ理なればなり。古人のいわく。忠臣はかならず。孝子門に求とあり。親に孝ある人かならず君に忠あるべし。されば玄宗の勅にも。孝は百行の源とあり。しかれば忠も又。萬事のみなもとなるべからざらむや。かるがゆへに。經傳の中に。或は忠を說給ふ所。徃々に明らかなり。誠に此二つの物は。車の兩輪のとし。かたつかたも。捨べからず。然るゆへに。馬融此經を作て。後世に残されし事。聖門に功ありと云つべし。萬世に補ありと云つべし。是を見る人。人を以て事をすつるとなかれ。ねがわくは此うちの一兩句も。とり用る人あらば。愚者千慮の一とくなるべし。
現代語訳
そもそも道の根本とするところは三綱五常です。三綱とは君臣・父子・夫婦であり、五常は仁・義・礼・智・信です。このうち父子は骨肉を分けた間柄ですから、教えなくても自然に孝行を尽くす人は多くいます。ところが君臣となると、義によって結ばれる間柄なので、臣が君に仕えるとき、形の上での礼は行っていても、心から忠を尽くす人は十人に一、二人もいません。だから昔の聖人も忠と孝の二つを教えの根本とされました。孝の道は孔子の弟子の曾子に明らかに述べさせ、それを曾子の伝でくわしく書いた書が『孝経』です。これより前に、ある人が日本の仮名で書き表して『大和孝経』と呼びました。私もその例にならい、『大和忠経』と名づけて書きました。もともとこの『忠経』も、後漢の馬融(字は季長)が孔子の『孝経』に準じて作ったものです。忠と孝はもとより同じ理だからです。古人は「忠臣は必ず孝子の家に求める」と言いました。親に孝のある人は必ず君にも忠があるはずです。玄宗皇帝の勅にも「孝は百行の源」とあります。ならば忠もまた万事の源ではないでしょうか。だから経書や注釈の中にも、忠を説く箇所はあちこちに明らかです。まことにこの二つは車の両輪のようで、片方だけを捨ててはなりません。馬融がこの経を作って後世に残したことは、聖人の教えへの功績であり、万世への補いと言えます。これを読む人は、人(私)を理由に内容まで捨てないでください。願わくは、この中の一、二句でも取り上げて用いる人がいれば、愚者の千の考えにも一つは取るところがあった、ということになるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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