うひ山ぶみ / 注[タ]其末の事は、一々さとし教るに及ばず
此こゝろをふと思ひよりてよめる哥、筆のついでに、「とる手火も今はなにせむ夜は明てほがらほがらと道見えゆくを、ひろくも見るべく又云々、博識とかいひて、隨分ひろく見るも、よろしきことなれども、さては緊要の書を見ることの、おのづからおろそかになる物なれば、あながちに廣きをよきこととのみもすべからず、その同じ力を、緊要の書に用るもよろしかるべし、又これかれにひろく心を分るは、たがひに相たすくることもあり、又たがひに害となることもあり、これらの子細をよくはからふべき也、五十音のとりさばき云々、これはいはゆる假字反シの法、音の竪橫の通用の事、言の延つゞめの例などにつきて、古語を解キ明らむるに、要用のこと也、かならずはじめより心がくべし、假字づかひは、古ヘのをいふ、近世風の哥よみのかなづかひは、中昔よりの事にて、古書にあはず、語釋は緊要にあらず、語釋とは、もろもろの言の、然云フ本の意を考へて、釋をいふ、たとへば天といふはいかなること、地といふはいかなることと、釋くたぐひ也、
新字:此こゝろをふと思ひよりてよめる歌、筆のついでに、「とる手火も今はなにせむ夜は明てほがらほがらと道見えゆくを、ひろくも見るべく又云々、博識とかいひて、随分ひろく見るも、よろしきことなれども、さては緊要の書を見ることの、おのづからおろそかになる物なれば、あながちに広きをよきこととのみもすべからず、その同じ力を、緊要の書に用るもよろしかるべし、又これかれにひろく心を分るは、たがひに相たすくることもあり、又たがひに害となることもあり、これらの子細をよくはからふべき也、五十音のとりさばき云々、これはいはゆる仮字反シの法、音の竪横の通用の事、言の延つゞめの例などにつきて、古語を解キ明らむるに、要用のこと也、かならずはじめより心がくべし、仮字づかひは、古ヘのをいふ、近世風の歌よみのかなづかひは、中昔よりの事にて、古書にあはず、語釈は緊要にあらず、語釈とは、もろもろの言の、然云フ本の意を考へて、釈をいふ、たとへば天といふはいかなること、地といふはいかなることと、釈くたぐひ也、
書き下し
此こゝろをふと思ひよりてよめる歌、筆のついでに、「とる手火も今はなにせむ夜は明てほがらほがらと道見えゆくを」、ひろくも見るべく又云々、博識とかいひて、随分ひろく見るも、よろしきことなれども、さては緊要の書を見ることの、おのづからおろそかになる物なれば、あながちに広きをよきこととのみもすべからず、その同じ力を、緊要の書に用るもよろしかるべし、又これかれにひろく心を分るは、たがひに相たすくることもあり、又たがひに害となることもあり、これらの子細をよくはからふべき也、五十音のとりさばき云々、これはいはゆる仮字反シの法、音の竪横の通用の事、言の延つゞめの例などにつきて、古語を解キ明らむるに、要用のこと也、かならずはじめより心がくべし、仮字づかひは、古ヘのをいふ、近世風の歌よみのかなづかひは、中昔よりの事にて、古書にあはず、語釈は緊要にあらず、語釈とは、もろもろの言の、然云フ本の意を考へて、釈をいふ、たとへば天といふはいかなること、地といふはいかなることと、釈くたぐひ也、
現代語訳
この心をふと思い寄って詠んだ歌を、筆のついでに記す。「とる手火も今はなにせむ夜は明てほがらほがらと道見えゆくを」(手に取る松明も今は何になろう、夜は明けて、ほがらかに道が見えてゆくのに)。『ひろくも見るべく、又』云々について。博識とかいって、できる限り広く見るのもよいことであるが、そうしていると肝要な書を見ることが自然とおろそかになるものなので、むやみに広いことをよいことだとばかりしてはならない。その同じ力を肝要な書に用いるのもよいであろう。またあれこれに広く心を分けるのは、互いに助け合うこともあり、また互いに害となることもある。これらの事情をよく考えるべきである。『五十音のとりさばき』云々について。これはいわゆる仮名反しの法、音の縦横の通用の事、言葉の延べ・つづめの例などについて、古語を解き明らかにするのに肝要なことである。必ず初めから心がけるべきである。仮名遣いは古代のものをいう。近世風の歌詠みの仮名遣いは中世以来の事であって、古書に合わない。『語釈は緊要にあらず』について。語釈とは、さまざまな言葉の、そう言う本来の意味を考えての解釈をいう。たとえば「天」というのはどういうことか、「地」というのはどういうことかと解く類である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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うひ山ぶみ・注[ツ]語釈は緊要にあらずこは学者の、たれもまづしらまほしがることなれども、これにさのみ深く心をもちふべきにはあらず、こは大かたよき考へは出来がたきものにて、まづはいかなることとも、しりがたきわざなるが、しひてしらでも、事かくことなく、しりてもさのみ益なし、されば諸の言は、その然云フ本の意を考ヘんよりは、古人の用ひたる所をよく考へて、云々の言は、云々の意に用ひたりといふことを、よく明らめ知るを、要とすべし、言の用ひたる意をしらでは、其所の文意聞えがたく、又みづから物を書クにも、言の用ひやうたがふこと也、然るを今の世古学の輩、ひたすら然云フ本の意をしらんことをのみ心がけて、用る意をば、なほざりにする故に、書をも解し誤り、みづからの歌文も、言の意用ひざまたがひて、あらぬひがこと多きぞかし、からぶみをもまじへよむべし、漢籍を見るも、学問のために益おほし、やまと魂だによく堅固まりて、動くことなければ、昼夜からぶみをのみよむといへども、かれに惑はさるゝうれひはなきなり、然れども世の人、
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うひ山ぶみ・第三十八段さて又五十音のとりさばき、かなづかひなど、必ズこゝろがくべきわざ也、語釈は緊要にあらず、
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うひ山ぶみ・注[オ]後世風の中にもさまざまよきあしきふり歌学いかでか歌よむ妨ゲとはならん、妨ゲとなりて、よき歌をえよまぬは、そのわきまへのあしきが故也、然れども歌学の方は、大概にても有べし、歌よむかたをこそ、むねとはせまほしけれ、歌学のかたに深くかゝづらひては、仏書からぶみなどにも、広くわたらでは、事たらはぬわざなれば、其中に無益の書に、功をつひやすこともおほきぞかし、物語ぶみどもをもつねに見るべし、此事の子細は、源氏物語の玉の小櫛に、くはしくいへれば、こゝにはもらしつ、いにしへ人の風雅のおもむきをしるは云々、すべて人は、雅の趣をしらでは有ルべからず、これをしらざるは、物のあはれをしらず、心なき人なり、かくてそのみやびの趣をしることは、歌をよみ、物語書などをよく見るにあり、然して古ヘ人のみやびたる情をしり、すべて古ヘの雅たる世の有リさまを、よくしるは、これ古の道をしるべき階梯也、然るに世間の物学びする人々のやうを見渡すに、主と道を学ぶ輩は、上にいへるごとくにて、おほくはたゞ漢流の議論理窟にのみかゝづらひて、
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うひ山ぶみ・注[ネ]からぶみをもまじへよむべしとかく倭魂かたまりにくき物にて、から書をよめば、そのことよきにまどはされて、たぢろきやすきならひ也、ことよきとは、その文辞を、麗しといふにはあらず、詞の巧にして、人の思ひつきやすく、まどはされやすきさまなるをいふ也、すべてから書は、言巧にして、ものの理非を、かしこくいひまはしたれば、人のよく思ひつく也、すべて学問すぢならぬ、よのつねの世俗の事にても、弁舌よく、かしこく物をいひまはす人の言には、人のなびきやすき物なるが、漢籍もさやうなるものと心得居べし、古書の注釈を作らんと云々、書をよむに、たゞ何となくてよむときは、いかほど委く見んと思ひても、限リあるものなるに、みづから物の注釈をもせんと、こゝろがけて見るときには、何れの書にても、格別に心のとまりて、見やうのくはしくなる物にて、それにつきて、又外にも得る事の多きもの也、されば其心ざしたるすぢ、たとひ成就はせずといへども、すべて学問に大いに益あること也、是は物の注釈のみにもかぎらず、何事にもせよ、著述をこゝろがくべき也、
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うひ山ぶみ・注[ム]みづからも古風の歌をまなびてよむべしおのづからの勢ヒにて、万葉に載れるころの歌にいたりては、みなかまへてよくよまんと、求めたる物にこそあれ、おのづからに出来たるは、いとすくなかるべし、万葉の歌すでに然るうへは、まして後世今の世には、よくよまんとかまふること、何かはとがむべき、これおのづからの勢ヒなれば、古風の歌をよまん人も、隨分に詞をえらびて、うるはしくよろしくよむべき也、万葉の歌の中にても云々、此集は、撰びてあつめたる集にはあらず、よきあしきえらびなく、あつめたれば、古ヘながらも、あしき歌も多し、善悪をわきまへて、よるべきなり、今の世、古風をよむともがらの、よみ出る歌を見るに、万葉の中にても、ことに耳なれぬ、あやしき詞をえり出つかひて、ひたすらにふるめかして、人の耳をおどろかさんとかまふるは、いといとよろしからぬこと也、歌も文も、しひてふるくせんとて、求め過たるは、かへすかへすうるさく、見ぐるしきものぞかし、万葉の中にても、たゞやすらかに、すがたよき歌を、手本として、詞もあやしきをば好むまじき也、
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うひ山ぶみ・注[ラ]万葉集をよくまなぶべし上代のさま、中古の人は、中古のさま、後世の人は、後世のさま有て、おのおのそのいへる言となせる事と、思へる心と、相かなひて似たる物なるを、今の世に在て、その上代の人の、言をも事をも心をも、考へしらんとするに、そのいへりし言は、歌に伝はり、なせりし事は、史に伝はれるを、その史も、言を以て記したれば、言の外ならず、心のさまも、又歌にて知ルべし、言と事と心とは其さま相かなへるものなれば、後世にして、古の人の、思へる心、なせる事をしりて、その世の有さまを、まさしくしるべきことは、古言古歌にある也、さて古の道は、典の神代上代の事跡のうへに備はりたれば、古言古歌をよく得て、これを見るときは、其道の意、おのづから明らかなり、さるによりて、上にも、初学のともがら、まづ神代正語をよくよみて、古語のやうを口なれしれとはいへるぞかし、古事記は、古伝説のまゝに記されてはあれども、なほ漢文なれば、正しく古言をしるべきことは、万葉には及ばず、書紀は、殊に漢文のかざり多ければ、さら也、さて二典に載れる歌どもは、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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